まさかそんなことはありますまい
あるところに、なにかいうとすぐ、
「まさか、そんなことはありますまい。」
という人がありました。それでいて、この人は昔話《むかしばなし》が大好きで、人さえ見れば、だれかれなしに、
「昔話を聞かせてください。」
そうたのむのがクセでした。それでいて、すぐもう、
「まさか、そんなことはありますまい。」
というのですから、しだいにお話をしてくれる人がなくなりました。ところが、ある日のことです。きっちょむさんが通りかかりました。その人は、これを見ると、すぐいいました。
「きっちょむさん、お話してください。」
きっちょむさんがいいました。
「よろしい。お話はしてあげます。しかし、まさかそんなことはありますまい、なんていってはいけませんぞ。」
すると、その人は、
「いいませんとも、そんなこというもんですか。」
こういいました。そこできっちょむさんは、
「それじゃ、いったら、お米を一俵もらいますぞ。いいですか。」
そういいました。そう約束したのです。それからお話を始めました。
「むかし、殿《との》さまがありました。それがカゴに乗って、お江戸《えど》をさして行っていました。山道をのぼっておりますと、トンビが一羽《いちわ》とんできました。ピーヒョロロローと鳴いて、殿さまのカゴのまわりをクルーリ、クルーリと輪をかいて舞《ま》いました。すると、殿さまが、あまりトンビが鳴くもので、
『ちょっと、カゴをとめよ。』
そういって、カゴから出て、とんでるトンビを見ました。すると、トンビはなにを思ったのか、殿さまのま上で、ピーヒョロロローと鳴いて、そのとき、フンをポロポロ落としました。それは殿さまのはかまの上に落ちて、それをひどくよごしました。殿さまの家来《けらい》たちは、そのトンビに腹《はら》を立てて、
『殿さま、弓《ゆみ》でうち落としましょうか。』
そういいましたが、殿さまは、
『鳥のことじゃ、捨ておけ、捨ておけ。そのかわり、べつのはかまを持ってまいれ。』
そういって、かわりのはかまをはいて、またカゴに乗って、出発しました。少し行くと、トンビがまた、ピーヒョロロローとやってきました。そして、いつまでもカゴの上の空を舞うてはなれません。殿さまはどうもそれが気になって、またカゴをとめさせました。そしてこんどは、カゴからからだを乗りだして、上のトンビを見ました。すると、どうでしょう。またトンビはピーヒョロロローと鳴いて、フンをポロポロと落としました。それが殿さまの刀のツカにかかりました。」
きっちょむさんがここまで話すと、聞いていたお話ずきの人は、もうたまらなくなって、
「まさか——。」
といいかけました。しかし、そこで気がついて、
「いや、それからどうなりました。」
といいなおしました。きっちょむさんは、うまいこと、お米一俵になりそうだと待っておりましたが、いいなおされて、しかたなく、つぎを話しだしました。
「それでです。殿さまは大おこりにおこるかと、家来たちは心配しましたが、おこりません。
『これこれ、刀のかわりを持ってまいれ。』
そういいました。家来がおそれいって、大いそぎで、かわりの刀を持ってきました。殿さまはそれをとって、またカゴの中にからだを入れました。それで出発となったのです。ところが、どうでしょう。二度あることは三度あるといって、トンビがやはり、殿さまのカゴの上を舞うて、ついてくるのです。ピーヒョロロロー、ピーヒョロロロン。
『カゴをとめよ。』
殿さまがいいました。そこでカゴをかついでるカゴカキというのが、カゴをとめました。すると、殿さまがまたまたカゴから、からだを半分も乗りだして、上のトンビをながめました。そのときです。ポロポロ、ポロポロ、トンビがフンを落としました。」
「またですか。」
お話好きな人がいいました。
「そうです。またです。」
きっちょむさんがいいました。
「そりゃ、あまりじゃないですか。」
お話好きがいいました。
「あまりでも、そうなんです。」
きっちょむさんは、そういって、そのお話をつづけました。
「なんと、そのトンビのフンが、こんどは殿さまの頭の上に落ちました。家来どもは、こんどこそたいへんなことになったと、うろたえさわぎました。しかし、殿さまはいいました。
『さわぐな。さわぐな。しずかにいたせ。そして早く、かわりの首を持ってまいれ。』
『ははあ——』
家来どもはそういって、大急行でかわりの首を持ってきました。すると、殿さまは、トンビのフンでよごれた頭を、自分で刀をぬいて切り落とし、かわりの首をそこにのせました。そして、
『もうよいぞ。苦しゅうない。カゴを出せ。』
そういって、江戸をさしてのぼって行きました。」
きっちょむさんが、ここまでいうと、やっとそれまで、こらえにこらえていた、お話好きの人が、
「まーさか、そんなことはありますまい。」
そういってしまいました。これを聞くと、きっちょむさん、
「はいはい、それではお米を一俵、約束ですからちょうだいしてまいりますよ。」
そういって立ちあがりました。
「まさか、そんなことはありますまい。」
という人がありました。それでいて、この人は昔話《むかしばなし》が大好きで、人さえ見れば、だれかれなしに、
「昔話を聞かせてください。」
そうたのむのがクセでした。それでいて、すぐもう、
「まさか、そんなことはありますまい。」
というのですから、しだいにお話をしてくれる人がなくなりました。ところが、ある日のことです。きっちょむさんが通りかかりました。その人は、これを見ると、すぐいいました。
「きっちょむさん、お話してください。」
きっちょむさんがいいました。
「よろしい。お話はしてあげます。しかし、まさかそんなことはありますまい、なんていってはいけませんぞ。」
すると、その人は、
「いいませんとも、そんなこというもんですか。」
こういいました。そこできっちょむさんは、
「それじゃ、いったら、お米を一俵もらいますぞ。いいですか。」
そういいました。そう約束したのです。それからお話を始めました。
「むかし、殿《との》さまがありました。それがカゴに乗って、お江戸《えど》をさして行っていました。山道をのぼっておりますと、トンビが一羽《いちわ》とんできました。ピーヒョロロローと鳴いて、殿さまのカゴのまわりをクルーリ、クルーリと輪をかいて舞《ま》いました。すると、殿さまが、あまりトンビが鳴くもので、
『ちょっと、カゴをとめよ。』
そういって、カゴから出て、とんでるトンビを見ました。すると、トンビはなにを思ったのか、殿さまのま上で、ピーヒョロロローと鳴いて、そのとき、フンをポロポロ落としました。それは殿さまのはかまの上に落ちて、それをひどくよごしました。殿さまの家来《けらい》たちは、そのトンビに腹《はら》を立てて、
『殿さま、弓《ゆみ》でうち落としましょうか。』
そういいましたが、殿さまは、
『鳥のことじゃ、捨ておけ、捨ておけ。そのかわり、べつのはかまを持ってまいれ。』
そういって、かわりのはかまをはいて、またカゴに乗って、出発しました。少し行くと、トンビがまた、ピーヒョロロローとやってきました。そして、いつまでもカゴの上の空を舞うてはなれません。殿さまはどうもそれが気になって、またカゴをとめさせました。そしてこんどは、カゴからからだを乗りだして、上のトンビを見ました。すると、どうでしょう。またトンビはピーヒョロロローと鳴いて、フンをポロポロと落としました。それが殿さまの刀のツカにかかりました。」
きっちょむさんがここまで話すと、聞いていたお話ずきの人は、もうたまらなくなって、
「まさか——。」
といいかけました。しかし、そこで気がついて、
「いや、それからどうなりました。」
といいなおしました。きっちょむさんは、うまいこと、お米一俵になりそうだと待っておりましたが、いいなおされて、しかたなく、つぎを話しだしました。
「それでです。殿さまは大おこりにおこるかと、家来たちは心配しましたが、おこりません。
『これこれ、刀のかわりを持ってまいれ。』
そういいました。家来がおそれいって、大いそぎで、かわりの刀を持ってきました。殿さまはそれをとって、またカゴの中にからだを入れました。それで出発となったのです。ところが、どうでしょう。二度あることは三度あるといって、トンビがやはり、殿さまのカゴの上を舞うて、ついてくるのです。ピーヒョロロロー、ピーヒョロロロン。
『カゴをとめよ。』
殿さまがいいました。そこでカゴをかついでるカゴカキというのが、カゴをとめました。すると、殿さまがまたまたカゴから、からだを半分も乗りだして、上のトンビをながめました。そのときです。ポロポロ、ポロポロ、トンビがフンを落としました。」
「またですか。」
お話好きな人がいいました。
「そうです。またです。」
きっちょむさんがいいました。
「そりゃ、あまりじゃないですか。」
お話好きがいいました。
「あまりでも、そうなんです。」
きっちょむさんは、そういって、そのお話をつづけました。
「なんと、そのトンビのフンが、こんどは殿さまの頭の上に落ちました。家来どもは、こんどこそたいへんなことになったと、うろたえさわぎました。しかし、殿さまはいいました。
『さわぐな。さわぐな。しずかにいたせ。そして早く、かわりの首を持ってまいれ。』
『ははあ——』
家来どもはそういって、大急行でかわりの首を持ってきました。すると、殿さまは、トンビのフンでよごれた頭を、自分で刀をぬいて切り落とし、かわりの首をそこにのせました。そして、
『もうよいぞ。苦しゅうない。カゴを出せ。』
そういって、江戸をさしてのぼって行きました。」
きっちょむさんが、ここまでいうと、やっとそれまで、こらえにこらえていた、お話好きの人が、
「まーさか、そんなことはありますまい。」
そういってしまいました。これを聞くと、きっちょむさん、
「はいはい、それではお米を一俵、約束ですからちょうだいしてまいりますよ。」
そういって立ちあがりました。