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日本むかしばなし集42

时间: 2020-01-19    进入日语论坛
核心提示:三人の大力男《だいりきおとこ》むかし、むかし、あるところに、桃太郎《ももたろう》のようにかわいらしい子どもが生まれました
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三人の大力男《だいりきおとこ》

むかし、むかし、あるところに、桃太郎《ももたろう》のようにかわいらしい子どもが生まれました。かしこくもみえたし、強そうにもみえました。しかし、どうしたことか、その子どもは、一年たっても、ものもいわず、二年たっても、はいはいもしません。三年、五年、十年もたっても、まだ生まれたばかりの赤んぼうのように、ねたままで、おかあさんにごはんを食べさせてもらっていました。それで、親たちは心配しました。
「これは、たいへんな子どもができた。一生《いつしよう》こんなだったら、どうしたもんだろう。」
そういって、心配してくらしていました。すると、その子が生まれてから、十五年めのある日のこと、とつぜん、大きな声をだしてどなったのです。
「おとうッ、百貫《かん》めの鉄の棒《ぼう》を一本買ってきてーッ。」
おとうさんは、おどろきました。
「あれあれ、この子はものをいったぞう。」
そこで、その子に問《と》うてみました。
「おまえは、ほんとうに口がきけるようになったのかい。」
すると、子どもはいったのです。
「うん、このとおり、りっぱに口がきける。そこで、百貫めの鉄の棒を買ってきてください。」
しかし、おとうさんはあきれて、しばらくは、あいた口がふさがらないありさまでした。だって、十五年も赤んぼうのようにしていて、しかもまだ寝《ね》たまま、足腰《あしこし》の立たないありさまで、百貫めの鉄の棒とは、何をたわけたことをいうのかと、はじめはあいてにしませんでした。しかし、その子どものまたいうことに、
「おれは、足腰が立たないから、その鉄の棒を力にして立ちあがってみたいんだ。」
これを聞くと、おとうさんもちょっと首をかたむけて考えました。なにしろ、十五年も口がきけなかった子どもが、とつぜん口がきけだしたと思うと、急にこんなりくつをいいだしたので、
「もしかすると、これは、ただの子どもではないかもしれん。」
そう考えたのです。そこで、
「よしきたッ。それでは買ってきてやるぞッ。」
そういって、町のかじ屋さんに行って、その百貫めの鉄の棒を注文しました。なん日かたつと、そのかじ屋さんからしらせがきました。
「ご注文の鉄棒、まさにできあがりました。おひきとりにおいでください。」
しかし、百貫めというと、俵《たわら》にしても六俵《ぴよう》からの重さです。牛や馬にしても、大きなのを一頭かついでくると同じことなのです。三人や五人では、山坂こえて取ってくることはできません。そこで、三十人からの人をたのんで、
「えんやら、やんさら。やんさら、ほうい。」
と、かけ声をかけ、音頭《おんど》をとりながらかついできました。そうして、その子どもに、
「そら、注文の鉄の棒がきたよ。」
といって、持たせたところ、子どもはたいへんうれしがって、にこにこしながら、その棒をつえについて、ウンウンうなって立ちあがりました。それから、両足をふんばって、
「やあ、やあ……」
と、長い背のびをしました。ところが、どうでしょう。まだそんなに大きくなかったこの子のせいが、むくむく、むくむくとのびて、見ているまに、六尺以上もあろうという大男になってしまいました。しかも、まるまると肥《こ》えふとり、肩《かた》や腕《うで》には、カシの木のようにかたい力こぶができて、まるで、りっぱなおすもうさんのようになったのです。これを見ると、両親《りようしん》はもとより、そこに集まっていた親類や村の人たちもびっくりしたり、喜んだりしました。そして、
「まず、おめでたいことだ。」
と、お酒やおさかなや、赤飯《せきはん》やおもちを持ってきて、みんなで、「立ったり祝い」というのをやりました。十五年のあいだ、名もなかったその子どもに、そのときはじめて、力太郎《りきたろう》という名まえをつけて、飲めやうたえと、大酒もりをしました。力太郎は、力太郎で、
「みんなに、こんなにお祝いしてもらったのでは、おれも何かしなければならない。では、おれの力をおめにかけましょう。」
ということになり、そのお祝いの座敷《ざしき》で、百貫めの大鉄棒をクルクルクルクル水車のようにふりまわしてみせました。しかも、それを片手《かたて》でやってみせたので、みんなは目玉をひっくりかえすほどびっくりして、
「これは、いよいよただの人間ではない。神さまの申し子というのにちがいない。」
と、いいあうことになりました。だから、もとよりその村で力太郎にかなう者はひとりもありませんし、近くの村五十カ村に敵となる者もありませんでした。おそらく、その国じゅうでも力太郎を負かす者はないだろう、といわれるようになったのです。そこで、力太郎は、
「ひとつ、広い世界に出て力だめしをしてみたい。また、ほうぼうの国をめぐって、人助《ひとだす》けになってやりたい。」
と思うようになりました。それで、ある日のこと、両親の前に手をついて、
「おとうさん、おかあさん、わたしに三年のあいだおひまをください。」
と、おねがいをしました。これを聞くと、両親も力太郎のねがいをなるほどと感心して、
「思うぞんぶん、力だめしをし、また、十分修業《しゆぎよう》をつんでこい。」
と、これをゆるしてやりました。そして、五斗飯《ごとはん》というたいそうなごはんをたいて、おとなの頭ほどもあるにぎりめしを百もつくり、おふろのような大ぶくろにいれて、べんとうに持たせてくれました。力太郎はこれを食べ食べ、百貫めの鉄棒をドシンドシンとつき鳴らしながら、わが家をあとに出立しました。どこともしれない修業の旅を始めたわけです。
さて、松並木《まつなみき》の道を、何日も歩いて行くと、むこうから、三間《げん》四方《ほう》もあろうかという大石を、ゴロゴロゴロゴロころがしてやってくる者があります。
「なるほど、これは、そうとうなやつだ。あれは、あいてになるかもしれない。」
と、力太郎はちょっと感心したけれども、しかし、けっしておそれはしません。勇気ますます加わって、
「天下の大道を、いくら力があるといっても、あんな大石をころがして歩くなんて、まったく、これは、ふといやろうだ。どうしても、こらしめてやらなくちゃ。」
そう考えて行くうちに、もうその石が力太郎の前へころがってきました。そこで、大声をあげて、
「どこの子どもだッ。こんないたずらをするのは。」
そういうと、鉄の棒で、それをガチンと受けとめ、片足をあげると、フットボールのようにけとばしました。石は二、三十間むこうへとんで、たんぼの中へ水煙《みずけむり》をあげて落ちました。これを見ると、この石をころがしてきた男がひどくふんがいして、
「おれの石を、なぜ、けとばした。」
と、くってかかってきました。そこで力太郎は、
「やろう、あいてになる気か。」
そういうと、その男も左手を前にだし、右手をうしろにひかえ、
「さあ、これるものなら、かかってこい。」
と、けんかずもうのようなかまえをしました。力太郎は、
「いや、待て待て。うろたえずに、まず、名をなのれ。」
そういって、自分も、
「おれこそは、日本一の力持、その名を力太郎というものだ。」
と、なのりをあげました。すると、あいても、
「いや、日本一の力持は、かくいう石子太郎《いしこたろう》のほかにはない。名まえを聞いておどろいたか。」
そういって、そり身になっていばってみせました。そこで、力太郎は、
「そのことばは、まだ早い。勝負をしてから、いばってくれ。さあ、こい。」
そういって、かまえをしました。ふたりはそれから、ヤッ、ヤッと、かけ声して、もうれつにとっくみあいました。しかし、いうまでもありません、力太郎はらくらくと石子太郎を頭の上にさしあげて、百間もある遠い水田《すいでん》の中に投げとばしてしまいました。石子太郎は、空中でキリキリまい、そのうえ、たんぼの泥《どろ》の中に深くはまりこんだので、なかなか起きてこられませんでした。泥の中で、この石子太郎がもぞもぞしているのを見ると、力太郎はおかしくなって、
「アッハ、アッハ。」
と、大口をあけて笑いました。それでも、まもなく、泥まみれになった石子太郎が、たんぼからはいあがってきて、力太郎の前に両手をついていいました。
「力太郎どの、あんたは、まったく、日本一の大力男でござる。このうえは、おれを家来《けらい》にしてください。」
「よろしい。家来にいたそう。」
というので、その場で、力太郎は石子太郎を家来にして、うしろにしたがえ、南へ南へと、道を歩いて行きました。ふたりが旅をつづけて、何日も何日も南のほうへ歩いていると、ある日のこと、むこうからへんなやつが歩いてきました。四間四方という、赤いお堂《どう》のようなうちを頭の上にのせて、ウンウン、うなってくるのです。しかも、そうとう大きな、力のありそうな男でした。これを見て、
「こやつは、きっと、日本一と名のるやつにちがいない。」
ふたりが、そう笑い話をして歩いて行くと、なにさま四間四方というのだから、道いっぱいになっていて、人の通るすきもありません。ことに、からだの大きい力太郎、石子太郎のふたりは道をよけることもできないありさまです。そこで、力太郎が、鉄の棒をあげて、
「これはすこしおじゃまですの。」
そういって、お堂をつくと、お堂はガラガラと大音をたて、その男の頭からこわれ落ちて、道にちらばってしまいました。
すると、その男のふんがいしたことは、たいへんなもので、
「日本一の大力男、御堂《みどう》太郎という名まえを、おまえたちは聞いたことがないとみえるな。だいたい、このお堂をこわしたからには、そのぶんにはしておけぬぞ。どこのどいつか、まず名をなのれ。」
力太郎は、これを聞いてもすこしもさわがず、フフン、フフンと鼻のさきで笑って、
「おまえが日本一の大力男なら、こちらは唐《から》、天竺《てんじく》をくわえた三国一《さんごくいち》の力持だ。しかも、そんなのがおふたりござらっしゃるのだ。どうだ、勝負だなど、めんどうかけずに、両手をついて降参《こうさん》しないか。」
そういったものの、御堂太郎は、自分を日本一と思っているから、降参どころのさわぎではありません。
「もんくをいわずに勝負をしろ。」
と、いきりたちました。そこで、力太郎が、
「では、この家来、石子太郎とやってみろ。おれをのけたら、これが日本一の力持だ。」
そういって、石子太郎を前に出すと、
「さあこい。」
「おう。」
と、石子、御堂のふたりの力持は、たがいに声をかけてとっくみました。しかし、なかなか勝負がつきません。二十分、三十分、一時間とくみあらそいましたが、ふたりともころびもしなければ、降参もしないのです。これを見ると、力太郎が、
「石子はやめろ。こんどは、おれがあいてになる。しかし御堂というのもだいぶ弱っているようだから、まず、しばらく休むがいい。それから、おれと勝負しよう。」
そういって、石子太郎をやめさせました。
ところが、御堂太郎は休もうともせず、ますますいきりたって、
「日本一の力持が、なんで、これしきのことに休んでなんかおれるものか。さあ、こんどは、ふたり一度にかかってこい。」
と、いばりかえっていいました。
「よし、そういうことなら——」
と、力太郎は向かって行き、御堂太郎の首すじをつかむと、ズ……ンと、ひとふり、それをふりまわし、これが高くあがったところで、ビューッと遠くへ投げとばしました。石子太郎と同じに、これも百間ばかりむこうへとんで、そこの水田の中へ落ちました。そして、泥の中へずばりとばかりはまりこんでしまいました。これを見て、
「ハッハッハ。」
「ワッハッハ。」
力、石子の両太郎は大口をあけて笑いました。ことに、石子太郎は、
「人間というものは、しかし、よくとぶものですな。石より遠くへとびますね。」
などといって、感心しました。そうしているあいだに、御堂太郎は泥まみれになって、やっとのこと、たんぼの中からはいあがってきました。もう、さっきの元気はなく、ふたりの前に両手をついて、
「今まで、わたしは、どんな力持に出あっても、一度も勝負に負けたことはなかった。しかし、こんどばかりは、まったく、もんくなしに負けました。負けたも、負けたも、大負けです。どうか家来になさってください。」
そう、おじぎをしてたのみました。
「それでは——」
というので、御堂をまた家来にして、三人は南をさして旅をつづけました。
そして、また松並木の道を南へ南へ、何日も歩いて行った。すると、ある日、千軒《げん》も家のある大きな町へやってきました。ところが、ふしぎなことに、そこにはひとりの人間のすがたも見えません。ネコや犬一ぴきもいません。だから、人の声も犬ネコの声も聞こえないのです。なんとしても、ふしぎなことだと思いました。
「これは、何か、いわくがあるにちがいない。」
三人はいいあって、なおも町じゅうを歩きまわっていると、ある横町で、ひとりの娘を見かけました。その娘は、一軒の家の軒下《のきした》にしゃがんで、シクシクシクシク泣いていました。
「娘さん、どうして、おまえは泣いているのか。」
そうたずねると、娘のいうことに、
「わたしは、今晩、死ななければならないのです。」
「死ななければといって、それは、いったい、なぜ死ぬのか。」
そうきくと、
「おばけが出てきて、わたしを食べるのです。」
というのです。
「おばけは、また、なぜ、おまえさんを食べるのだ。」
そういうと、
「この町に、何日かまえからふしぎなおばけがやってきて、毎晩《まいばん》毎晩人を食べます。それで、日が暮れると、ひとびとはみんなうちの中にかくれて、火を消して、息《いき》をころしているのです。それでも、じゅんじゅんに食べられてしまい、今夜はもうわたしの番になってきました。」
娘はそういって、からだをふるわせ、声をころして泣きつづけました。三人はこれを聞くと、
「それは、ふつごう千万《せんばん》、まったくけしからんおばけのやつだ。しかし安心しなさい。おれたちが、今夜おばけを退治《たいじ》してあげる。だから、泣くのをやめて、おれたちをうちへ案内《あんない》しなさい。」
そういってやりました。娘は喜んで、
「ありがとうぞんじます。ぜひ、おばけを退治してください。」
と、三人を自分のうちへ案内しました。
その夜、三人はその娘のうちの中で、おばけを待ち、今か今かと用意していました。夜中ごろのこと、オウオウオウオウとうなって、おばけがやってきました。それから、バリバリと家の戸をやぶって、中へはいってきました。
「そら、きたぞう。」
というので、まず御堂太郎がかかっていきました。ところが、そのおばけは、お寺の仁王《におう》さまのように大きい大入道《おおにゆうどう》で、御堂太郎もすぐ負けそうになりました。そこで、石子太郎が出て、
「なにを、こんどはこの石子さまが——」
と、とっかかりました。が、これもまたあぶなくなってきたので、力太郎がいよいよ、百貫めの鉄の棒を持ってむかっていき、おばけをいっぺんにたたきふせてしまいました。そのとき、しかし力太郎があまり力をいれたもので、その大入道がこなみじんに消しとんで、あとにはなにも残りませんでした。あくる日になって、それでも町じゅうの人が、一生けんめいそのへんをさがしまわりました。と、そこから二百間もはなれたところに、どうもその大入道の歯だろうか、それともつめだろうかと思われるものが、一つだけころがっていました。それは、碁石《ごいし》のような白い石で、大きさは碁石の三倍ぐらいありました。
それはともかくとして、その娘はいうまでもなく、家の者、町じゅうの人、みんな、いのちの恩人《おんじん》だと、涙《なみだ》を流してお礼をいいました。そして、
「どうか、ここに、ゆくすえ長くお住まいくださいませんか。」
と、力太郎に頭をさげてたのみました。そればかりか、力太郎の住まいに大きな御殿《ごてん》を建てて、
「この町の殿《との》さまになってください。」
といったのです。
あまり町の者がたのみたのみするので、しかたなく、力太郎はその御殿に住み、町の殿さまになりました。そして、石子と御堂を家来にして、その町を守りおさめました。
ところが、殿さまというしごとは、頭を使うしごとで、力のいるしごとは一つもありません。それで、三人の大力男は、どうもおもしろくありません。で、ある日のこと、力太郎は町の人たちにいいだしました。
「たのむから、おれたちに、なにか力のいるしごとをさせてくれ。殿さまにはこりごりだ。」
町の人たちは、相談《そうだん》したすえ、
「では、森の大木《たいぼく》を切りたおして、材木をつくったり、山から大石をほりだして石がきをこしらえたりしてください。」
と、そう申し出ました。三人は大喜びで、それ以後、そういうしごとをして、山や森をきりひらいて、畑《はたけ》をつくったり、道をこしらえたりしました。そして、その町はたくさんの家も建てば、りっぱな石がきの堤《つつみ》などもでき、いよいよさかえたということです。めでたし、めでたし。
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