むかし、たんぼをたくさん持っているお百姓《ひやくしよう》がありました。田植えをすまして、たんぼまわりをしていると、ひとところ、てんで水のないたんぼがありました。
「はてな。」
ふしぎに思って、水口《みずぐち》を見に行くと、なんとそこに大きな石がデンとすわっていて、水をせきとめているのです。
「これじゃ、水の入りようがないじゃないか。」
はらをたてて、石をとりのけようとしましたが、とてもとてもの大石で、びくともしません。
「こまったことじゃ。こんなとき、ひとりでも、むすこがあったらな。」
お百姓はそういいました。三人も娘《むすめ》はあるのですが、むすこはひとりもありません。娘じゃ、こんな役にはたちません。ウンウン、石をおしたすえ、とうとうお百姓はいったのです。
「ええクソ、この石をのけてくれる人がいたら、あんな娘、ひとりぐらいやってもいいんだけどな。」
これは、はらたちまぎれのお百姓さんのひとりごとです。だから、本気でそんなことなど思っているのではありません。ところが、そのとき、空の一方に、ムクムクムクムク入道雲《にゆうどうぐも》がわいて出ました。そして、その雲のなかから、鬼が一ぴき、ドス——ンと、下にとびおりました。下りたのを見ると、それが赤い鬼なんです。
「おやじ、今、なんといった。石をとりのけたら、娘をひとりくれるといったね。」
赤鬼はそういうと、もう、苦《く》もなくその大石をわきにのけ、水をドンドンたんぼのほうへ流しこみました。大きなたんぼも見るまに水がひろがっていき、今までしおれていた苗《なえ》も、青々といきおいづいてきました。
やれ、うれしやと、お百姓さん、大喜びしたのですが、その翌朝《よくあさ》のことです。心配で、心配で、起きる気になれません。だって、鬼がいったのです。
「三日したら、娘をもらいに行くからな。」
お百姓さん、ふとんをかぶって、寝《ね》ていました。すると、姉娘が起こしにきました。
「おとうさん、起きて、ごはんあがりなさい。」
お百姓さんがいいました。
「鬼に娘をやると、約束《やくそく》したんだが、おまえいってくれないか。」
「いや、いや、いやです。鬼なんか。」
娘は行ってしまいました。しかたなく、お百姓さん、まだ寝ていますと、つぎの娘が起こしにきました。
「おとうさん、ごはんです。お起きなさい。」
「それが、起きるわけにいかないんだ。鬼に娘をやるって、約束してしまったんだ。おまえ行ってくれないか。」
「なにをいうんですか、おとうさん。鬼のおよめさんになんか、いったいだれがなりますか。」
娘はプンプンして、行ってしまいました。しかたなく、お百姓さんは、またふとんをかぶって寝てしまいました。ところが、三ばんめの娘は、たいへんおとうさん思いだったので、その鬼の話をきくと、
「ええ、ええ、いいです、おとうさん。わたしが行ってあげますから、安心して、起きて、ごはんおあがりなさい。」
そういいました。お百姓は起きて、ごはんを食べたのですが、三日たつと、あの赤鬼が来て、娘をつれていきました。
それから何年かたちました。そのあいだに、鬼のおよめさんになった娘に、子どもが生まれました。そして大きくなりました。ある日のこと、その娘から、お百姓さんのところへ知らせがありました。子どもも大きくなったから、泊《とま》りがけでおいでくださいというのであります。お百姓さん、いつも娘はどうしているだろうかと心配していたもので、この知らせに、山の奥の鬼の家さして、大喜びで出かけました。
ところが、鬼は人間を見ると、むやみにくいたくなる性質《せいしつ》で、もうお百姓が食べたくて、しかたがありません。そこで、難題《なんだい》をいいかけました。
「おやじどん、おやじどん。ひとつ、なわないの競争《きようそう》しようじゃありませんか。負けた人は、くわれるということにして——」
たいへんな競争です。しかし、鬼の家なんで、しかたがありません。お百姓は、よろしいといって、競争を始めました。ところが、鬼のおよめさんの娘が気をきかせて、鬼のなわが長くなると、知れないように、そのなわをプツン、プツンと切りとるのです。そんなこととは知らず、鬼は一生《いつしよう》けんめいになわをなって、さて——と、くらべてみると、鬼の負けです。
そこで、こんどは——と、鬼はまた難題を出しました。それは、石を豆《まめ》のようにいって、それの食べっこをやろうというのです。
「よろしい。」
と、お百姓さん、競争を始めました。ところが、こんども、鬼のほうはほんものの石なんですが、お百姓さんのほうは石でない、豆だったのです。だから、お百姓さんはカリカリ食べるのですが、鬼は、
「これは、まるで歯が折れそうだぞ。」
なんていって、てまがかかり、やっぱり負けとなりました。そこで、鬼の考えたことは、今晩《こんばん》寝ているまに、このおやじさん、くってやろうというのでした。それで広間《ひろま》に並んで寝たのですが、娘と子どもは、あいだにねました。
夜なかになると、鬼はそうっと起きて、お百姓さんのほうへ寄っていきました。そのたび、娘と子どもは目をさまして、
「どうしたの。どこへ行くの。」
と、ききました。鬼はこれにはよわって、とうとう朝までお百姓さんを食べることができませんでした。そして、朝になると、鬼は用事を思い出して、どこかへ出かけました。
鬼がいなくなると、娘と子どもとお百姓さんは、相談《そうだん》しました。すると、このありさまでは、お百姓さんが鬼に食べられないようにするのは、とてもむつかしい、ということになりました。そして、では今のうちに逃《に》げて行こう、ということになりました。
鬼の家には千里を走る車と、五百里を走る車とありました。千里の車は海や川をこさないのですが、五百里のほうは、どんな大川でもわたる車でした。そこで、その五百里車に乗って逃げることにしました。
「さあ、いこう。」
というときになって、娘は、
「ちょっと待ってください。」
といって、一つのヘラをとってきました。このヘラは、ごはんをたくとき、おかまに一つぶの米を入れて、それからそのヘラで、おかまのなかをまぜれば、いるだけのお米が出てきて、ごはんになるという、フシギなヘラです。それを持って、五百里車に乗って、三人のものは鬼の家を逃げだしました。
鬼はまもなく帰ってきて、みんなが逃げて、五百里車のなくなってるのを知りました。そこで千里の車でブンブン、ブンブン追いかけました。娘たちは、だいぶん追いかけられて、追いつかれそうになったとき、大きな川のところへ出ました。五百里車は、その川でもグングンわたっていきました。鬼の千里車は、ざんねんなことにわたることができません。
ところが、五百里車がもすこしで向《むこ》う岸《ぎし》につきそうになったとき、鬼は川へしゃがみこんで、ゴクゴク、ゴクゴク、その水をのみはじめました。なにぶん、鬼の水のみですから、まるでポンプを何十台と並べたようで、水は一度にド——ッと、鬼の方へひきよせられました。それにつれて、娘たちの五百里車も、鬼の手のとどきそうなところまで、もどっていきました。
そのときです。もうしかたがないと思い切ったのでしょう。娘が、自分のお尻《しり》を鬼の方へむけて、とってきたあの大きなヘラで、ペッタ、ペッタとたたきました。鬼はこれを見ると、どうにもおかしくて、おかしくて、とうとう、のんだ水をド——ッと一度にはきだして、
「ハッハッハッハッ。」
と、大口をあけて笑いました。
その鬼のはきだした水のいきおいで、五百里車はいちどに向う岸に乗りあげ、それから家へ帰ってきました。鬼はもうこまいと思ったのに、どこからどうしたことか、すぐまた鬼がやってきました。
どうしよう、こうしよう、と、みんなあわてておりますと、近所の人で、ショウブとヨモギを軒端《のきば》にさせばいいと、教えてくれた人がありました。そこで大いそぎで、そうしますと、鬼は千里の車でやってきたけれども、家の中に入ることができません。外をブーン、ブーンと、車をとばしておりましたが、やがて、あきらめて帰っていきました。
五月五日のことです。それでお節句《せつく》には、今でもショウブとヨモギを軒端にさします。めでたし、めでたし。