むかし、むかしです。奥州《おうしゆう》というのは、今の岩手県あたりのことでしょうか。川の上《かみ》と下《しも》とに、おじいさんが住んでおりました。
上のおじいさんは悪いおじいさんで、下のおじいさんはよいおじいさんでした。川に魚をとるカゴを受けることになりました。悪いおじいさんが川上に受けました。よいおじいさんが川下に受けました。
朝になって、川上のおじいさんが行って見ると、自分のカゴには小犬が一ぴき入っておるばかりです。川下のカゴを見ると、魚がたくさん入っております。上のおじいさんは、はらをたてて、下のおじいさんのカゴの中から魚をスッカリ取って、そこへ、自分のところの小犬を入れておきました。
まもなく、下のおじいさんがやって来ました。カゴに入ってる小犬を見ると、大喜びして、
「おおかわいい。おおかわいい。」
と、だいて帰《かえ》って、大切に育《そだ》てました。
犬は、おわんでごはんをやれば、そのおわんの大きさだけ、おはちで食べさせれば、そのおはちの大きさだけ、毎日毎日大きくなりました。そして、まもなく、おじいさんが山へ行くときなど、たくさんの道具《どうぐ》を背中《せなか》にせおって、しっぽをピンピンふって、おともをして行くようになりました。大きな、強い犬になったのです。そして、おしまいには、おじいさんにシシ(鹿《しか》)をとることを教えてくれるほどになりました。
ある日のことです。おじいさん、犬が教えてくれたとおり、山の中で呼びました。
「あっちのシシは、こっちへこい。こっちのシシも、こっちへこい。」
すると、あっちの山、こっちの谷から、シシが何びきもとび出して、山をけちらして集まってきました。角《つの》をふりたててやって来たのです。それを、その犬が一ぴきのこらずつかまえて、大猟《たいりよう》をしました。しかも、それをせおって、おじいさんちへ帰ってきたので、おばあさんはもう大喜びで、シシ汁《じる》のごちそうをつくりました。ところが、そこへやってきたのが、上の家のおばあさんです。それを見て、
「うちでもシシ汁を食べたいから、その犬をひとつ貸してください。」
そういいました。下の家のおじいさんは、
「はいはい、どうぞお使いください。」
と、犬を貸しました。で、そのあくる日です。上の家のおじいさんは、その犬をつれて山へ行きました。犬がいやがるのもかまわず、オノだの、カマだの、いろいろの道具を犬の背中におわせ、やれ行け、それ行けと追いたてました。山へ入ると、あまりせかせか急いだもので、シシというのをすっかり忘《わす》れて、
「あっちのハチは、こっちへこい。こっちのハチも、こっちへこい。」
と、大きな声を出して呼びました。すると、山じゅうのハチがブンブン、ブンブン飛んできて、おじいさんのからだじゅう、目といわず、耳といわず、手から足の先のほうまで、チクチクさしました。いかな欲ばりのおじいさんも、これにはまいってしまい、
「いたい、いたい。これはかなわん。」
と、泣《な》いたり、わめいたりしました。それでもハチが行ってしまうと、それをスッカリ犬のせいにして、犬にたいへんはらをたて、とうとう、その犬を殺してしまいました。そして、そこにあったこめの木の下に、その犬をうずめて、家へ帰ってきました。帰ってくると、もうからだじゅうがはれて、苦しくて、なりません。そこで床《とこ》について、ウンウンうなっておりました。そこへ、下《しも》の家のおじいさんがやって来ました。
「シシ猟は、どうでした。で、あの犬を返してください。」
こう、下のおじいさんがいうと、上のおじいさんは大《おお》おこりで、
「犬を返すどころですか、わたしはあの犬のせいで、ハチにさされ——」
そんなことをいいました。そして、
「犬は殺して、こめの木の下にうずめました。」
そういったものですから、下のおじいさんはたいへんに犬をあわれに思いました。それで、おばあさんといっしょに、山へ、そのこめの木をたずねて行きました。こめの木の下に立つと、
「もう、今さら犬のことをいっても、しかたがないから、このこめの木を切って帰って、これで臼《うす》でもつくり、それを犬と思うて、大切に使いましょう。」
そうおばあさんがいいだし、ふたりはさっそく、その木で臼をつくりました。家へ持ってくると、その臼をつきながら、ふたりは歌をうたいました。
「じんじのまえには金《かね》おりろ。
ばんばのまえには米おりろ。」
すると、フシギなことに、おじいさんのまえにはピカピカのお金が、ザラン、ザランと出てきました。おばあさんのまえには、まっ白のお米が、サラサラサラと出てきました。これで、ふたりはしばらくすると、長者《ちようじや》といわれるほどのお金持になりました。そして、よいきものをきられ、おいしいものが食べられました。上の家のおばあさんが、またやって来て、これを見ました。そしてまた、
「どうして、おまえさんたちは、こんなおいしいものを食べ、こんなよいきものをきられるのかい。」
と、ききました。そこで下のおじいさん、おばあさんが、これは、こうこう、しかじかと、犬や臼の話をしますと、上のおばあさん、
「それじゃ、また、その臼を貸してください。」
と、臼を借りて行きました。ところが、こんども、この上のおじいさん、臼の使い方をまちがえました。
「じんじまえには、ばばおりろ。」
ばんばまえには、ししおりろ。」
こんなきたないことをいってしまったのです。だから、ふたりのまえには、それぞれきたないものがおりてきて、家の中はたいへんです。おじいさん、おばあさん、またたいそうはらをたてて、その臼をたたきわり、かまどにくべて、燃《も》してしまいました。そこへ、下の家のおじいさんがやって来たのです。
「臼を返してくださいな。」
上のおじいさんは、
「その臼がじゃ。」
そういって、また、こうこう、かくかくと、臼の話をしました。人のいい、下の家のおじいさんは、こんどもまた、
「そうですか。それじゃ、しかたがないから、そのかまどの灰でももらって行きましょう。」
そういって、ザルをもってきて、灰を入れて帰りました。その灰は、畑《はたけ》にまいて、こやしにでもするつもりだったのでしょう。で、おじいさん、畑へ行ってみると、そばの池にガンがたくさん下りております。そこで、つい、
「ガンの目さ、灰はいれえ。
ガンの目さ、灰はいれえ。」
そういって、ガンの方に灰をつかんで投げました。すると、フシギなことに、その灰がみんなガンの方へとんでいって、おじいさんのいうとおり、ガンの目に入ってしまいました。ガンは目が見えなくなって、何羽《ば》も何羽も、バタバタ、バタバタやって、みんなおじいさんにとらえられてしまいました。それを持ってくると、またまた、おばあさんは大喜びで、
「それじゃ——」
というので、こんどはガン汁というのをつくって、おいしい、おいしいと食べました。そこへ、上のおばあさんが、またまた、やって来ました。
「なにを、おいしそうに食べてるのですか。」
そうきくもので、下のおじいさんが、
「じつは、これこれ、こういうわけで——」
と、ガンの話をしました。
「なんだ、そんなことか。それなら、わけはない。」
上のおばあさんは、その話を聞いて帰り、おじいさんに話しました。上のおじいさんは、そこで、かまどに残っている臼の灰をザルに入れて、屋根の上へ登って、それをまきました。池にいるガンの方へまきちらしたのです。ところが、ちょうど、風が池の方からふいていたうえに、こんどもまた、まちがいをやって、
「じんじの目さ、灰はいれえ。
じんじの目さ、灰はいれえ。」
大声でどなってしまったのです。灰はおじいさんにそういわれて、まく灰、まく灰、みんなおじいさんの目の中に入ってしまいました。それでおじいさん、目が見えなくなって、コロコロ、屋根からころげ落ちました。
ところが、下では、おばあさん、今にガンが取れるか、今にガンが落ちてくるかと待っていたもので、
「それ、大きなガンだ。」
と、落ちてきたおじいさんを、ガンとまちがえて、大ヅチでくらわしました。これで、おしまい。人まねするものではないというおはなし。