これは、九州は熊本県、玉名郡南関《たまなぐんみなみのせき》町というところのお話であります。
さて、むかしむかしの大むかし、そのまたむかしのまたむかし、というようなたいへんなむかしのことでありました。関町の城《しろ》ん原《ばら》という丘《おか》の上で、モズとキツネがあいました。まず、モズのいいますことに、
「キツネどん、キツネどん、このごろ、ごちそうにありついたかい。」
すると、キツネのいいますことに、
「なにを、ごちそうどころか。食べるものもろくろくないよ。」
これを聞いて、モズがいいました。
「うんそうか。それならひとつ、ごちそう食べようじゃないか。おれがいいことを考えとる。聞くがいい。ええと、もうすぐな、ここを、さかな屋さんが通るからな、おまえは、ここのやぶの中にかくれていろ。そうするとじゃ。おれが、さかな屋を、うまくだましてみせるからね。いいかい。」
そこで、キツネはそのやぶの中にかくれました。まもなく、さかな屋さんがやってきました。
たくさんのさかなを二つのかごにいっぱい入れて、それをかつぎ棒《ぼう》でかついで、ギシギシいわせながらやってきました。と、とつぜん、モズが、
「キ、キ、キ——。キ——イ、キ——イ。」
と鳴きました。
さかな屋さんは、
「おやっ。」
と、おどろきました。
だって、モズがすぐそばで鳴いているのですもの。ちょっと手をのばせば、すぐ、とれそうなところでキイキイやっているのです。おどろきましたが、さかな屋さんは、すぐとってやろうと考えました。さかな屋さんでなくても、だれでも、目の前一メートルもないようなところで、鳥が鳴いているのを見れば、手をのばして、これをとらえる気にならずにはおられません。あなただって、きっとそんな気になりますよ。わたしだって、そのとおりです。で、さかな屋さんはその気になって、かついでいたさかなのかごをおろしました。そして、ソーッと、モズのとまっている木の枝《えだ》に近よりました。片手《かたて》をモズの後のほうから指をひろげて、そろそろと近づけました。もう三十センチ、もう二十センチ、今にも、モズはその手にとらえられそうにみえました。しかし、そのとき、モズはヒョッととんで、むこうの枝へうつりました。むこうの枝といっても、一メートルばかりしかありません。それで、さかな屋さんは、そのほうへ二、三歩歩きました。そして、また片手をのばして、指をひろげました。もう三十センチ、もう二十センチ——というところで、またモズはむこうの枝へ飛びました。
「チェッ。」
さかな屋さんは、おしいことをしたように思って、こんなに、舌うちをしてから、また、二《ふた》足三《み》足そちらのほうへ歩きました。そして、また片手をあげました。しかし、こんども同じように、モズはピョンとむこうの枝へうつるのでした。こんなにして、しだいしだいに、さかなのかごから遠くへさそいだされ、そのうえ、何十分とさかなのことを忘《わす》れて、モズを追いまわすことになりました。そのうち、モズがパーッと遠く飛んでってしまいましたので、さかな屋さんは、はじめて、
「ハッ。」
と、気がつきました。それで、道においておいたさかなのかごのところへとんで帰《かえ》って行きました。すると、もう、そのかごの中には、さかなは一ぴきもありませんでした。キツネが、みんなとってしまったのです。
「ええ。こりゃ残念《ざんねん》なことをした。キツネにすっかりだまされた。」
さかな屋さんは、そういってくやしがりましたが、どうすることもできませんでした。からになったかごをかついで、
「キツネのやつ、おぼえとれ。」
そういって、帰って行きました。
ところで、そのあとのことです。モズがキツネのところに帰ってきました。そして、いいました。
「キツネどん、キツネどん、さかなは、うまくとれたかい。」
すると、キツネのいいますことに、
「ウンウン、おまえがよく働いてくれたので、すっかりこっちのものになってな。もうたくさんごちそうになったわい。」
それで、モズがいいました。
「フーン、それで、おれのわけまえも、とってあるだろうな。」
キツネがいいました。
「ウン——。おれは身のほうをごちそうになったからな、おまえには、骨《ほね》のほうを残らずとっておいてやったよ。」
これを聞いて、モズはたいへん腹《はら》をたてました。でも、腹をたてたような顔もしないで、
「そうか、そうか、しかし、残念ながら、骨はおれには食べられないよ。」
そういったのであります。しかし、心の中では、キツネをひとつこらしめてやろう、と考えておりました。するとどうでしょう。さっきのさかな屋さんが、またそこへやってきました。きっと、さかなをかごの中に入れなおしてやってきたのです。これを見ると、モズがいいました。
「キツネどん、キツネどん、あれごらん。さっきのさかな屋がまたやってきたよ。どうだい。もう一度だまくらかしてやろうじゃないか。」
キツネは、また、さかなが食べられるかと大喜びで、
「ウンウン、それはいい、そうしよう。」
などというのでした。
そこで、モズは、
「ではな、こんどはキツネどん、棒ぐいになって、ここに立っておいで、おれが、その上にとまってるから。」
そういって、キツネを棒ぐいにならせて、道のそばに立たせました。自分は、その上にとまって、また、
「キイ、キイ、キイ——」
と鳴いていました。さかな屋さんはそこへやってくると、
「おや——、さっきのモズのやつ、また、ここにいやがる。」
そう思いました。そして、
「よおし、こんどこそだまされないぞう。今に見ておれ。」
そう、口のうちでいって、さかなのかごを下におろすと、そのかつぎ棒を手に取りました。それから、二メートルからあるその棒を頭の上にたかだかとふりあげ、モズのところに近よりました。モズに、一メートルというところにくると、そこでよくねらいをさだめ、
「やッ。」
と、かけ声をかけて、力いっぱいふりおろしました。モズは、じつは、こうなるのを待っていたのですから、棒がおりてくるのを見ると、ヒョイととびあがって、そのまま空の上に飛んでってしまいました。モズは飛んでも、さかな屋さんの棒は、そのまま、くいに化けたキツネの上に落ちてきて、その腰《こし》のあたりを、コーンとはげしくうちつけました。キツネは、おどろきました、いや、おどろいたばかりか、その痛《いた》いこと痛いこと、とても、しんぼうができなくて、
「キャーン、キャーン。」
と、鳴きながら山をさして逃《に》げて行きました。
ところで、それからまもなく、モズがキツネをたずねてやってきました。そして、
「キツネどん、キツネどん、さっきはどうしたんだい。」
そういってききました。キツネは、
「どうしたもこうしたもない。おればっかりひどいめにあって、まったく腰の骨が折れたかと思ったよ。」
こんなことをいって、モズをうらみました。すると、モズがいいました。
「それはキツネさん、あたりまえなんだよ。むかしから、うまいもの食べたら、ゆだんするな、ということがあるんだよ。おまえ、知らなかったのか。」
ずるいキツネは、このようにしてこらしめられました。しかし、モズだって、いいモズではありません。でも、さかな屋さんのさかなを食べなかったから、まあ、かんべんしておいてやりましょうね。