むかし、山寺に、ずいてんという小僧さんがありました。ひとりで留守《るす》などしていると、キツネがきて、
「ずいてん、ずいてん。」
とよびました。
和尚《おしよう》さんかと思って、出て見ると、だれもいません。少しすると、また、
「ずいてん、ずいてん。」
こんどは、お客さまかと思って、出て見たのですが、やはりだれもいません。
こんなことが、たびたびあって、小僧さんはだまされました。それで気をつけていたところ、キツネがきて、台所の方の戸に背中《せなか》をもたせかけ、シッポで、ズイと、その戸をなでております。ズイと音がしたところで、頭をそらして、テンと戸を打つわけであります。キツネも、うまいことを考えたものです。
そこで、ずいてんさん、ある日、その戸のかげにかくれていました。
「ズイ——」
と、キツネがきて、シッポで戸をなでました。そこを、すかさず、テンとこないまに、サッと戸をあけました。キツネは、テンと頭をそらしたところ、戸があいていたものですから、家のなかへころげこみました。ずいてんさんは、こんどはすばやく、その戸をしめ、
「もう逃《に》がしゃせんぞ。」
と、棒《ぼう》を持って、キツネを追いかけました。キツネは台所から、本堂《ほんどう》の方に逃げていきました。本堂には、お寺のことですから、本尊《ほんぞん》さまという仏さまがまつってあります。キツネは、その本尊さまのところへ行って、本尊さまに化けて立っておりました。おなじような本尊さまが二つ並《なら》んで立っておるのでした。一つはほんとうの本尊さま。一つはキツネの化けた本尊さまです。
しかし、見わけがつきません。これを見ると、ずいてんさんがいいました。
「あれ、本尊さまがおふたりになられて、どっちがどっちか、わからない。でも、うちの本尊さまは、わたしがお経《きよう》をあげますと、いつでも舌を出されたから、なあに、見わけるのに、わけはない。」
それから、ずいてんさんは、ポクポク木魚《もくぎよ》をたたいて、お経をあげました。すると、キツネの化けた本尊さまがペロリと、長い舌を出しました。そこで、ずいてんさんが、
「それでは、うちの本尊さまには、茶の間でお食事をさしあげます。どうぞ、いつものように、あちらへおいでくださいませ。」
こういって、茶の間の方へ行きますと、キツネの本尊さまも、うしろから歩いてついてきました。これを見ると、ずいてんさん、こんどは、
「おう、そうだ。お食事のまえに、いつも行水《ぎようずい》をしていただくのだった。」
そういって、土間の大釜《おおがま》のふたをとって、そこへキツネの本尊さまをだき入れました。そして、しっかりふたをして、
「どうだ、もうずいてんというか、いわないか。いうなら、火をつけて、釜うでにするぞう。」
キツネは、まったくおどろきました。
「いわない。いわない。もう決していわないから、こんどだけは、どうぞかんべんしてください。」
釜のなかでもがきながら、そういいました。
むかしの、むかしの、山寺のお話です。
「ずいてん、ずいてん。」
とよびました。
和尚《おしよう》さんかと思って、出て見ると、だれもいません。少しすると、また、
「ずいてん、ずいてん。」
こんどは、お客さまかと思って、出て見たのですが、やはりだれもいません。
こんなことが、たびたびあって、小僧さんはだまされました。それで気をつけていたところ、キツネがきて、台所の方の戸に背中《せなか》をもたせかけ、シッポで、ズイと、その戸をなでております。ズイと音がしたところで、頭をそらして、テンと戸を打つわけであります。キツネも、うまいことを考えたものです。
そこで、ずいてんさん、ある日、その戸のかげにかくれていました。
「ズイ——」
と、キツネがきて、シッポで戸をなでました。そこを、すかさず、テンとこないまに、サッと戸をあけました。キツネは、テンと頭をそらしたところ、戸があいていたものですから、家のなかへころげこみました。ずいてんさんは、こんどはすばやく、その戸をしめ、
「もう逃《に》がしゃせんぞ。」
と、棒《ぼう》を持って、キツネを追いかけました。キツネは台所から、本堂《ほんどう》の方に逃げていきました。本堂には、お寺のことですから、本尊《ほんぞん》さまという仏さまがまつってあります。キツネは、その本尊さまのところへ行って、本尊さまに化けて立っておりました。おなじような本尊さまが二つ並《なら》んで立っておるのでした。一つはほんとうの本尊さま。一つはキツネの化けた本尊さまです。
しかし、見わけがつきません。これを見ると、ずいてんさんがいいました。
「あれ、本尊さまがおふたりになられて、どっちがどっちか、わからない。でも、うちの本尊さまは、わたしがお経《きよう》をあげますと、いつでも舌を出されたから、なあに、見わけるのに、わけはない。」
それから、ずいてんさんは、ポクポク木魚《もくぎよ》をたたいて、お経をあげました。すると、キツネの化けた本尊さまがペロリと、長い舌を出しました。そこで、ずいてんさんが、
「それでは、うちの本尊さまには、茶の間でお食事をさしあげます。どうぞ、いつものように、あちらへおいでくださいませ。」
こういって、茶の間の方へ行きますと、キツネの本尊さまも、うしろから歩いてついてきました。これを見ると、ずいてんさん、こんどは、
「おう、そうだ。お食事のまえに、いつも行水《ぎようずい》をしていただくのだった。」
そういって、土間の大釜《おおがま》のふたをとって、そこへキツネの本尊さまをだき入れました。そして、しっかりふたをして、
「どうだ、もうずいてんというか、いわないか。いうなら、火をつけて、釜うでにするぞう。」
キツネは、まったくおどろきました。
「いわない。いわない。もう決していわないから、こんどだけは、どうぞかんべんしてください。」
釜のなかでもがきながら、そういいました。
むかしの、むかしの、山寺のお話です。