枝豆《えだまめ》というものを知っていますか。秋になると、たんぼのアゼや、山の畑《はたけ》などに、豆の枝にサヤがぶらさがっているでしょう。あれが枝豆です。ほんとうは大豆《だいず》のことなんです。しかし、秋の初め、あれを枝ごとゆでて、すこし塩をふって食べるせいか、枝豆というのです。
ところで、むかしのことです。その枝豆を山の畑から、一ぴきのサルが枝ごと引っこぬいて逃《に》げて行きました。サルだって、そのサヤのなかにおいしい豆が入ってることをよく知っているのです。だから、谷川のふちの岩の上まで逃げつくと、そこで、サヤのなかから豆をかみだして、おいしそうに食べだしました。モグ、モグ、モグ、モグ。キョロ、キョロ、キョロ、キョロ。赤い顔をして、あたりをいそがしそうに見まわし、見まわし食べました。きっと、
「こらっ、サルッ、その豆よこせい——」
そういうものが出てきはしないかと、心配だったのです。
そのときです。下の谷川の水のなかから、ヒョイと顔をのぞけたものがありました。
サルは一ときおどろいて、ソレッと、もう逃げ腰《ごし》になりましたが、見ると、それが友だちのカワウソなんです。
「なんだいカワウソじゃないか。びっくりしたぜい。」
岩の上から、サルはいいました。カワウソは、はじめからびっくりしたような顔をしているもので、べつにびっくりしたともいいません。また、びっくりしないともいいません。だまって、水のなかから出てきました。岸にあがって、岩の上にやってきたのです。
見ると、一枚《まい》のゴザを持っています。なんでも、人の持っているものはほしくなるサルのことです。もう、そのゴザがほしくてならなくなりました。まず聞いてみました。
「カワウソどん、それはいったいなんだい。なににするものだ。」
「これかい。これは、寝道具《ねどうぐ》だ。川っぷちに、アシという草が生《は》えてるだろう。あれで織った、ゴザというものだ。」
「フーン。」
サルは感心しました。そして、また、たずねました。
「しかし、その寝道具って、どうするものなんだい。」
「寝道具を知らないのかい。寝道具というのはな、敷《し》いて、その上にねるんだ。いい気持だぞ。われわれカワウソは、みんな、これを持ってて、川のなかでねむってるんだ。サルなんかとちがうわい。」
カワウソにいばられて、サルはいっそうそのゴザがほしくなりました。そこで、
「ちょっと貸してみろよ、カワウソどん。」
そういって、そのゴザを借り、岩の上に敷いて、横になってみました。なるほど、なかなか、いい気持です。岩のゴツゴツした角《かど》もさわりません。スベスベしていて、まるで、ねむくなりそうです。まね好きのサルですから、すぐ敷いてねたくなったのです。
一方、カワウソのほうも、見ると、そこに豆があります。
「サルさん、こりゃなんだい。」
聞いてしまいました。
「これか。これは豆というものだ。」
「フーン、やっぱり魚の卵《たまご》か。」
カワウソは、いつも魚ばかり食べているので、魚のことしか知りません。
「なにをいうんだ。これ、このとおり、これはサヤといって、このなかに入っとる。うまいの、なんのと、サカナの卵どころのさわぎじゃない。」
サルにいわれて、こんどはカワウソのほうが、その豆がほしくてならなくなりました。
「ひとつ食べさせてくれない?」
つい、いってしまいました。
「ダメ、ダメ。」
こうなると、サルはいじわるです。
「ゴザを貸してやったじゃないか。」
カワウソがいっても、サルはききません。
「ゴザはためしても、なくならないけど、豆は食べられればおしまいだもの。ゴザととりかえっこならしてもいい。」
サルにいわれて、カワウソは考えました。だって、ほしくてならないのです。
「ほんとに魚の卵ほど、うまいんだな。」
「うん、ほんとうのほんとうに、魚の卵の十倍くらいうまい。」
サルはいいました。
「じゃ、とっかえっこしてもいい。だけど、豆ひとつくらいじゃいやだよ。」
「豆いくつにゴザ一枚だ。」
「そうだな、ここにある豆みんな。」
「みんなあ——」
サルはおどろいて見せました。しかし、豆は両手を合わせて一ぱいくらいしかないのです。
「うん、そうでなくちゃダメ。」
「じゃ、ま、しかたがないや。」
サルはそういって、豆とゴザをとっかえることにしましたが、そのとき、また豆の効能《こうのう》をいいたてました。
「豆はね、今もいったとおり、舌がとけるようにうまいが、その皮はだな、おまえの毛皮の上に、いくつもいくつも張りつけてだな、そうして水もぐりするんだ。魚はとってもよく取れるってことだぞウ。」
「フーン、そうなのかい。ありがたい。」
カワウソは心から感心して、豆を持って、もうジャブジャブ、ジャブッと水のなかへ入っていってしまいました。サルは大喜び、大とくいになって、ゴザをかかえて、山奥《やまおく》さしてとんでいきました。
「今夜はひとつ、この寝道具の上にねて、お月さまでもながめましょう。」
そして、高い木を見つけて、その上に登っていきました。枝と枝とがマタになっているところへゴザを敷いて、
「ああ、ラクチン、ラクチン。」
と、そこへ横になりました。横になったとたんに、ゴザというものはよくすべるもので、ツルッとすべって、アッというまもありません。はるか下の草のしげみの中へ、ドサッと落ちてしまいました。
「しまった。」
サルは、そのとき思いました。
「なにしろ、はじめて使う道具だから、二度や三度のしくじりは、それはもうあたりまえのことだ。」
そしてすぐ、また木にとりつき、見るまにてっぺんに登って、
「ああ、ラクチン、ラクチン。」
と、ゴザの上に横になりました。しかしまた、横になったか、ならぬかに、ズテーンとすべって、気がついたら下の草のしげみのなかです。
「なにぶん、はじめて使う道具だから、二度や三度のしくじりは——」
そんなことをいいいい、サルはまた、木を登りました。
「では、こんどは用心して、ラクチン、ラクチン。」
いったか、いわぬに、もうズテーン、ドーン。草のしげみのなかに落ちていました。
「なにぶん、はじめての道具だから。」
サルはまた登っていって、
「ラクチン。」
いうまもなく、ズテーン。
その晩《ばん》、お月さまはとてもあざやかで、とても美しかったのですが、サルはお月見どころではなかったのです。一晩じゅう、すべりっこをしていたように、登ってはすべり、登ってはすべり、ひとねむりもせず、すべりつづけました。
朝になると、すっかり、このゴザにこりてしまいました。それで、ねむい目をこすりこすり、ゴザをかかえて、また、谷川の岩のところにやってきました。すると、カワウソも、もうそこへ来ていて、ねぼけ眼《まなこ》をして、サルを見上げ、
「サルさん、ゆうべはどうだった。」
とききました。
「どうだったも、こうだったもあるかい。」
そういって、サルは、ゆうべのゴザのすべりぐあいを話し、
「ひとねむりもしないんだぜ。」
と、いいました。これを聞いて、カワウソもいいました。
「おれだって、ひとねむりもしなかった。豆が魚の卵の十倍もおいしいなんて、いったい、どんな豆のことなんだい。どんな卵とくらべたんだ。とにかく、この豆、にがいばかりじゃないか。しかたがないので、おまえさんのいったとおり、この豆の皮をからだに張りつけてさ、魚をとろうと、水にもぐっていったのさ。ところが、これも大失敗《だいしつぱい》。魚という魚が、一間も二間も先から、この豆の皮を見つけて、チラチラチラッと逃げていく。一晩じゅうもぐって、ハヤの子一ぴきも取れず、いや、もうヒドイ目にあいました。」
これを聞くと、サルは、
「ハハハ、しかたがないよ。たがいにくたびれもうけの、骨折《ほねお》り損《ぞん》だ。では、ゴザを返します。」
そういって、ゴザをカワウソのまえに投げだしました。カワウソも、
「はい、それでは豆の残り。」
そういって、豆をサルのまえへおきました。そこで、サルがその豆をとって、皮をむき始めると、カワウソはゴザをかかえて、もう谷川のなかへ、ドボンと、水音をたててとびこんでおりました。そして、サルはもう赤い顔をして、豆をモグモグ食べていました。
むかし、むかしの、山奥のお話です。
ところで、むかしのことです。その枝豆を山の畑から、一ぴきのサルが枝ごと引っこぬいて逃《に》げて行きました。サルだって、そのサヤのなかにおいしい豆が入ってることをよく知っているのです。だから、谷川のふちの岩の上まで逃げつくと、そこで、サヤのなかから豆をかみだして、おいしそうに食べだしました。モグ、モグ、モグ、モグ。キョロ、キョロ、キョロ、キョロ。赤い顔をして、あたりをいそがしそうに見まわし、見まわし食べました。きっと、
「こらっ、サルッ、その豆よこせい——」
そういうものが出てきはしないかと、心配だったのです。
そのときです。下の谷川の水のなかから、ヒョイと顔をのぞけたものがありました。
サルは一ときおどろいて、ソレッと、もう逃げ腰《ごし》になりましたが、見ると、それが友だちのカワウソなんです。
「なんだいカワウソじゃないか。びっくりしたぜい。」
岩の上から、サルはいいました。カワウソは、はじめからびっくりしたような顔をしているもので、べつにびっくりしたともいいません。また、びっくりしないともいいません。だまって、水のなかから出てきました。岸にあがって、岩の上にやってきたのです。
見ると、一枚《まい》のゴザを持っています。なんでも、人の持っているものはほしくなるサルのことです。もう、そのゴザがほしくてならなくなりました。まず聞いてみました。
「カワウソどん、それはいったいなんだい。なににするものだ。」
「これかい。これは、寝道具《ねどうぐ》だ。川っぷちに、アシという草が生《は》えてるだろう。あれで織った、ゴザというものだ。」
「フーン。」
サルは感心しました。そして、また、たずねました。
「しかし、その寝道具って、どうするものなんだい。」
「寝道具を知らないのかい。寝道具というのはな、敷《し》いて、その上にねるんだ。いい気持だぞ。われわれカワウソは、みんな、これを持ってて、川のなかでねむってるんだ。サルなんかとちがうわい。」
カワウソにいばられて、サルはいっそうそのゴザがほしくなりました。そこで、
「ちょっと貸してみろよ、カワウソどん。」
そういって、そのゴザを借り、岩の上に敷いて、横になってみました。なるほど、なかなか、いい気持です。岩のゴツゴツした角《かど》もさわりません。スベスベしていて、まるで、ねむくなりそうです。まね好きのサルですから、すぐ敷いてねたくなったのです。
一方、カワウソのほうも、見ると、そこに豆があります。
「サルさん、こりゃなんだい。」
聞いてしまいました。
「これか。これは豆というものだ。」
「フーン、やっぱり魚の卵《たまご》か。」
カワウソは、いつも魚ばかり食べているので、魚のことしか知りません。
「なにをいうんだ。これ、このとおり、これはサヤといって、このなかに入っとる。うまいの、なんのと、サカナの卵どころのさわぎじゃない。」
サルにいわれて、こんどはカワウソのほうが、その豆がほしくてならなくなりました。
「ひとつ食べさせてくれない?」
つい、いってしまいました。
「ダメ、ダメ。」
こうなると、サルはいじわるです。
「ゴザを貸してやったじゃないか。」
カワウソがいっても、サルはききません。
「ゴザはためしても、なくならないけど、豆は食べられればおしまいだもの。ゴザととりかえっこならしてもいい。」
サルにいわれて、カワウソは考えました。だって、ほしくてならないのです。
「ほんとに魚の卵ほど、うまいんだな。」
「うん、ほんとうのほんとうに、魚の卵の十倍くらいうまい。」
サルはいいました。
「じゃ、とっかえっこしてもいい。だけど、豆ひとつくらいじゃいやだよ。」
「豆いくつにゴザ一枚だ。」
「そうだな、ここにある豆みんな。」
「みんなあ——」
サルはおどろいて見せました。しかし、豆は両手を合わせて一ぱいくらいしかないのです。
「うん、そうでなくちゃダメ。」
「じゃ、ま、しかたがないや。」
サルはそういって、豆とゴザをとっかえることにしましたが、そのとき、また豆の効能《こうのう》をいいたてました。
「豆はね、今もいったとおり、舌がとけるようにうまいが、その皮はだな、おまえの毛皮の上に、いくつもいくつも張りつけてだな、そうして水もぐりするんだ。魚はとってもよく取れるってことだぞウ。」
「フーン、そうなのかい。ありがたい。」
カワウソは心から感心して、豆を持って、もうジャブジャブ、ジャブッと水のなかへ入っていってしまいました。サルは大喜び、大とくいになって、ゴザをかかえて、山奥《やまおく》さしてとんでいきました。
「今夜はひとつ、この寝道具の上にねて、お月さまでもながめましょう。」
そして、高い木を見つけて、その上に登っていきました。枝と枝とがマタになっているところへゴザを敷いて、
「ああ、ラクチン、ラクチン。」
と、そこへ横になりました。横になったとたんに、ゴザというものはよくすべるもので、ツルッとすべって、アッというまもありません。はるか下の草のしげみの中へ、ドサッと落ちてしまいました。
「しまった。」
サルは、そのとき思いました。
「なにしろ、はじめて使う道具だから、二度や三度のしくじりは、それはもうあたりまえのことだ。」
そしてすぐ、また木にとりつき、見るまにてっぺんに登って、
「ああ、ラクチン、ラクチン。」
と、ゴザの上に横になりました。しかしまた、横になったか、ならぬかに、ズテーンとすべって、気がついたら下の草のしげみのなかです。
「なにぶん、はじめて使う道具だから、二度や三度のしくじりは——」
そんなことをいいいい、サルはまた、木を登りました。
「では、こんどは用心して、ラクチン、ラクチン。」
いったか、いわぬに、もうズテーン、ドーン。草のしげみのなかに落ちていました。
「なにぶん、はじめての道具だから。」
サルはまた登っていって、
「ラクチン。」
いうまもなく、ズテーン。
その晩《ばん》、お月さまはとてもあざやかで、とても美しかったのですが、サルはお月見どころではなかったのです。一晩じゅう、すべりっこをしていたように、登ってはすべり、登ってはすべり、ひとねむりもせず、すべりつづけました。
朝になると、すっかり、このゴザにこりてしまいました。それで、ねむい目をこすりこすり、ゴザをかかえて、また、谷川の岩のところにやってきました。すると、カワウソも、もうそこへ来ていて、ねぼけ眼《まなこ》をして、サルを見上げ、
「サルさん、ゆうべはどうだった。」
とききました。
「どうだったも、こうだったもあるかい。」
そういって、サルは、ゆうべのゴザのすべりぐあいを話し、
「ひとねむりもしないんだぜ。」
と、いいました。これを聞いて、カワウソもいいました。
「おれだって、ひとねむりもしなかった。豆が魚の卵の十倍もおいしいなんて、いったい、どんな豆のことなんだい。どんな卵とくらべたんだ。とにかく、この豆、にがいばかりじゃないか。しかたがないので、おまえさんのいったとおり、この豆の皮をからだに張りつけてさ、魚をとろうと、水にもぐっていったのさ。ところが、これも大失敗《だいしつぱい》。魚という魚が、一間も二間も先から、この豆の皮を見つけて、チラチラチラッと逃げていく。一晩じゅうもぐって、ハヤの子一ぴきも取れず、いや、もうヒドイ目にあいました。」
これを聞くと、サルは、
「ハハハ、しかたがないよ。たがいにくたびれもうけの、骨折《ほねお》り損《ぞん》だ。では、ゴザを返します。」
そういって、ゴザをカワウソのまえに投げだしました。カワウソも、
「はい、それでは豆の残り。」
そういって、豆をサルのまえへおきました。そこで、サルがその豆をとって、皮をむき始めると、カワウソはゴザをかかえて、もう谷川のなかへ、ドボンと、水音をたててとびこんでおりました。そして、サルはもう赤い顔をして、豆をモグモグ食べていました。
むかし、むかしの、山奥のお話です。