むかし、むかし、あるところに、バクチウチというものがいました。これは、今ごろはいないものですが、カルタやトランプで、お金をかけて、勝負をするものなんです。国定忠次《くにさだちゆうじ》だの、清水《しみず》の次郎長《じろちよう》というのは、そんなものの親分《おやぶん》です。そのバクチウチが、バクチに負けて、スッカラカンのお金なしになって、帰《かえ》っていました。夜が明けかかったという、今だと、朝四時ごろのことでしょう。村のお宮の大松《おおまつ》の下をとおりかかると、その松の枝《えだ》に、ひとりの天狗さまが、とまっていました。
天狗というのも、今はもういませんが、むかし、むかしはいたそうです。鼻《はな》がべらぼうに高くて、背中《せなか》にハネがありました。どこか、遠い山奥《やまおく》のほうにすんでいたということです。その天狗さまが、その時バクチウチに、声をかけました。
「こらこら、バクチウチ、きょうもまた負けてのお帰りかい。」
バクチウチがいいました。
「おや、だれかと思ったら、天狗さまですか。わたしゃ、負けるのきらいですから、相手《あいて》に、お金を貸してやっただけです。」
これをきくと、天狗が、
「ハッハッハ。」
と、笑いました。天狗も、バクチウチの負け惜《お》しみということがわかっていたのでしょう。それからちょっとすると、天狗が、いいました。
「ときに、バクチウチ、おまえの一ばんこわいものはなんだ。」
「ハイハイ、なんといっても、アズキモチ以上のものはありません。ボタモチといいますか。あれを見たら、もう、ブルブルです。ものもいえなくなってしまいます。しかし、天狗さま、あなたの一ばんこわいものは——」
これを聞くと、天狗がいいました。
「鉄砲《てつぽう》さ。鉄砲の音だよ。」
それから天狗は、バクチウチをこまらせてやろうと思ったのでしょう。松の上から、アズキモチをボタボタと落としてきました。
「あ、こわい。これはおそろしい。これはたいへんだ。」
バクチウチ、大うろたえに、うろたえているようなようすをしながら、そのモチをつぎからつぎへ、パクパク食べてしまいました。そして、うんと食べて、腹《はら》がいっぱいになったとき、
「ズドーン。」
と、大きな声を出して、鉄砲のまねをしました。すると、天狗さまは、びっくりぎょうてんして、ハネをバタバタいわして、立っていきました。
「ハッハッハ。」
こんどは木の下で、バクチウチが笑いました。笑いながら上を見ると、松の枝に、ヒョウタンが一つぶら下っています。天狗のわすれたヒョウタンです。それは、天狗のヒョウタンといって、なんでも、好きなものを、
「お酒出ろ。おかし出ろ。」
というようにいえば、ドンドン出てくるものでした。バクチウチはさっそくそれをおろしてきて、木の下の石に腰《こし》をかけ、ゆっくりお酒を出してのんだ、ということです。めでたし、めでたし。