むかし、むかし、あるところに、甲斐《か い》の国(山梨県)のような山国がありました。そこの、いなかの村に、ひとりの美しい娘《むすめ》がおりました。ある年の、春のある日のことでした。娘は、村の人たちといっしょに、山へワラビとりにいきました。ところが、ひとところ、今までに見たこともないような、よいワラビがあって、それが、谷間を奥《おく》へ、細い道にそうてはえしげっておりました。娘は、それにひかれて、その道を、どんどん、ワラビをとりとり行きました。そのうち、なにか心細くなって、気がついたら、村の人たちの姿《すがた》も見えなければ、声も聞こえないところへ、自分ひとり来ていました。
「お——い、お——い。」
と、よんでみましたが、へんじをする者はありません。これは、とんだことになったと思って、急いで、来た道をとってかえしましたが、いつ、どうして、道をまちがえたのか、行けども行けども、もとの道へ出られません。そのうち、日が暮れかかってきました。あかるいのは空ばかりで、谷間は、しだいにうすぐらくなりました。木の枝《えだ》をふく風の音も、強くなり、どこかで、鳥やけものの鳴く声がしてきました。
どうしたらいいでしょう。
ただもう、一生けんめい、歩いていると、すこし高いところへ出ました。そこから、あっちこっちとながめまわし、村のあかりでも見えないものかと思いました。すると、やれうれしや、向こうのほうに、一つ、あかりがついております。村でなくても、あそこへ行けば、人が住んでて、村へ行く道を教えてくれる。それにまた、今晩《こんばん》一晩、泊めてもくれよう。晩のごはんを食べさせてもくれるだろう。娘は、もう、すっかりつかれていて、このうえは、一足も歩かれないほどでしたから、こんなことを考えました。そして、そのあかりをさして、あかりを、たった一つのたよりのように思って、歩いていきました。
「ごめんください。おねがいでございます。わたしは、この山で道にまよった、村の娘でございます。もう、すっかりつかれて、一足《ひとあし》も歩けません。おなかもすいていて、死にそうでございます。どうか、今晩、一晩だけお泊めくださいませ。おねがいいたします。」
娘は、そこの戸口で、そういいました。すると、家の中から声がしました。
「どこの、だれか知らないが、そういうことなら、戸をあけて、はいりなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
娘がはいってみると、ひとりの白髪《はくはつ》のおばあさんが、向こうで、いろりにあたっております。しかし、そのおばあさん、目がキラキラ光って、口が耳のほうまでさけております。ふつうなら、一目で逃《に》げるところなんですが、なにさま、もう、どうすることもできないほど、娘は、つかれていました。そこで、
「おねがいいたします。」
と、頭をさげました。おばあさんは、娘をじろじろ見ていましたが、
「おまえさんは、ここを、どこと思って、やっておいでたかね。」
そんなことをいいました。
「向こうから、ここのあかりが見えましたものですから——」
娘が、そういいますと、
「ここは、おまえさん、山姥の家だよ。わたしは、その山姥だよ。山姥というのを知っておいでか。人をとって食べる鬼《おに》の女だよ。」
おばあさんは、そんなおそろしいことをいいました。でも、娘は、どうすることもできません。もう、からだがうごかないのです。だから、いいました。
「山姥の家でもよろしいから、一晩、泊めてください。」
これを聞くと、山姥がいいました。
「泊めてくれって、わたしは鬼だから、おまえさんを食べるかもしれないよ。」
「いいです。食べてもいいですから、泊めてください。」
娘がいうと、山姥は、ハッハと、大口をあけて笑いました。そして、いいました。
「こまったね。食べられてもいいっていったところで、わたしゃ、おまえさんのような娘は、食べたくないよ。」
そして、また、大口をあけて笑いました。
「ハッハッハ、困《こま》ったねえ。いままで、何人も人をくったけれど、くってもいいっていった人間は、ひとりもいなかった。みょうなもので、くえといわれると、くいたくない。くうのが、かわいそうにもなるものだ。」
それから、山姥は、しばらく考えていましたが、
「これから山の中へ追いだしても、クマやオオカミに食べられるばかりだし、困った娘だ。」
そう、ひとりごとをいうと、奥へ行って、きれいなみのを一つ、とってきました。
「これは、山姥の宝みのといって、じつは、わたしの宝物なんだよ。しかし、おまえさんが、あまりかわいそうだから、きょうは、思いきって、この宝みのを、おまえさんにあげるわ。これはな、これを着て、三べん、山姥の宝みの、山姥の宝みの、山姥の宝みの、わたしを、山のオオカミにしておくれと、こういうと、もうすぐ、自分がオオカミになっているという、ちょうほうなものなんだ。オオカミばかりじゃない。なんにでもなれるよ。それからな、もし、ほしいものがあったら、これをこうふって、心の中で思いなさい。おむすびがほしい。三つほしい。たくあんがほしい。四きれほしい。すぐ、もう、この下に、それがころがっているんだ。ね、こんなべんりなみのが、いったい、どこの世界にあるかいな。それを、おまえさんにやる。さ、行きなさい。いまのオオカミは、たとえだから、行くなら、まあ、人間のおばあさんになって行くんだな。」
そういって、山姥は、その宝みのをくれました。娘は、すぐ、その宝みのをふって、そこに、おむすびと、たくあんを出し、それをおいしく食べました。それから、それを着て、おばあさんになりました。もう、だいじょうぶです。もし、クマやオオカミが出たら、かりゅうどになればいいし、鬼なんかが出たら、鳥になって、空を飛べばいい。
そんなことを、考え、考えいっていると、おや、もうすぐ、そこに、道ばたに、何人もの鬼がいて、
「そこに、人間が来たぞ。とってくおうじゃないか。」
そういう声が聞こえ、鬼が出てきて、もう、娘をとりまきました。鳥になって、空を飛ぶひまもありません。困った、困った、と思って、つい、「ナムアミダブツ。」といいますと、これをきいた鬼のひとりがいいました。
「だめ、だめ、これはおばあさんじゃないか。こんなおばあさん、骨《ほね》と皮ばかりで、食べても、てんでうまくない。よそう、よそう。逃がしておこう。」
そして、むすめを逃がしてくれました。
「やれ、こわや。やれ、おそろしや。」
と、娘は、鬼のところを逃げてやっていきますと、そのうち、夜があけて、朝になりました。どこだか知らぬ村へ出ていました。見ると、りっぱな門があります。長者《ちようじや》の門にちがいありません。中へはいって、たのんでみました。
「わたしは、こんな年よりで、行くところもない者です。どこか、家のすみにでも、おいてくださいませんか。」
すると、その長者が、なさけぶかい人でして、その娘がなっているおばあさんを、かわいそうに思いました。
「それはきのどくだ。長屋の一間があいてるから、そこにいて、糸でもつむいでおるがよい。」
こういって、そこにおいてくれました。娘は、昼は、グングン、糸をつむぎました。夜は、たいくつなもので、みのをぬいで、ほんものの娘になり、そっと、ひとりで、手ならいをしていました。ところが、そこの長者のむすこが、ある晩おそく、外から帰ってきました。見れば、長屋の一間に、あかりがついております。そして、ひとりの美しい娘が、お習字をしております。
今まで、見たこともないほど、美しく、かわいい娘です。そこで、あくる日のこと、長屋にいるあの娘が、およめさんにほしくてなりませんと、おとうさんの長者にいいました。長者は、ふしぎでなりません。
「そんな娘が、長屋におったかしらん。」
一間一間、長屋をさがしてみましたが、もとより、娘は見られません。ところが、長者の家のてつだいの男の人が、やはり、夜おそく、手ならいする娘を見つけました。そのてつだいの人は、昼は、おばあさんで、夜は、美しい娘になるのは、お化《ば》けにちがいないと思いました。長者に、きっと、そうですと、つげ口をしました。長者は、びっくりして、娘さんをよびました。
みんなで、しょうこを出して、せめたてました。もう、しかたがありません。娘は、山姥からもらった、宝みのの話をしました。そして、そのみのをぬいで、美しい娘の姿にかえりました。長者も、長者のむすこも、これで安心して、いよいよ、家のおよめさんになってもらいたいと、いいました。
娘は、じぶんの村と、自分の家の話をして、そこをさがしてくれとたのみました。そこをさがして、娘が、そこへ帰るのに、二日とかかりませんでした。そして、一月《ひとつき》とたたないうち、この美しく、かわいらしい娘は、そこから、長者の家へおよめいりしてきました。めでたし、めでたし。