むかし、むかし、あるところに、たいへん信心《しんじん》ぶかいおばあさんがいました。
そのおばあさんは、字が読めないので、一つも、お経を知りませんでした。だれかに教えてもらいたいと思っておりましたが、教えてくれる人がありません。
ある夜のこと、ひとりの旅《たび》の人が、
「泊《と》めてください。」
と、はいってきました。はじめは、お泊めできない、といって、ことわったのですが、その人が、お経を教えてくれるというので、おばあさんは、喜んで泊めてやりました。
ところが、ほんとうは、その人は、お経を知っていなかったのです。
——困ったなあ。
と、思いましたが、今さら、知らん、ともいいかねました。
いよいよ教えるだんになって、どういおうかと考えながら、天井《てんじよう》の方を見つめていますと、天井のふし穴《あな》から、一ぴきのネズミが出てきて、そのへんを、チョロチョロと歩きました。そこで、その旅の人が、ふと、思いついて、
「オン チョロチョロ。」
と、いいました。
すると、ネズミが穴へはいって、また、出てきましたので、旅の人は、
「マタ チョロチョロ。」
と、いいました。
すると、そのネズミが穴をのぞきました。そこへ、ほかのネズミが出てきて、二ひきのネズミで、穴をのぞきました。
そこで、旅の人は、
「二ヒキノネズミガ アナノゾキ。」
と、となえました。
つぎには、二ひきが、口と口とをあわせて、話をしているようすなので、
「ナニヤラ クシャクシャ ハナサレソウロウ。」
と、口ずさみ、それで、お経をおわったことになりました。
おばあさんは、ありがたいお経だというので、
オン チョロチョロ
マタ チョロチョロ
二ヒキノネズミガ アナノゾキ
ナニヤラ クシャクシャ ハナサレソウロウ
と、くりかえし、毎日となえておりました。
ところが、ある晩のこと、ふたりのどろぼうが、おばあさんの家をねらってやってきました。
ひとりのどろぼうが、チョロチョロとはいりかけたとき、おばあさんが、
オン チョロチョロ
と、お経をとなえはじめました。
それを聞いたどろぼうは、びっくりして、ちょっとひっこんで、また、チョロチョロと出てきました。
ちょうどそのとき、おばあさんは、
「マタ チョロチョロ。」
と、お経をとなえました。
どろぼうは、仲間をよんできて、雨戸《あまど》のふし穴から、ふたりで、家のなかをのぞきました。
そのとき、おばあさんのお経は、
「二ヒキノネズミガ アナノゾキ。」
と、いっているところでした。どろぼうは、
「これは困ったことになった。今夜は、しごとができないぞ。」
と、クシャクシャ、話をいたしました。
すると、おばあさんは、お経で、
「ナニヤラ クシャクシャ ハナサレソウロウ。」
と、いいました。
ふたりのどろぼうは、いよいよあわてて、どんどん、逃げていってしまいました。