むかし、むかし、あるところに、権次《ごんじ》というわかい男がおりました。ある年の暮《く》れのことです。船《ふね》に乗って、遠くへ出かけることになりました。出かけるとき、権次は、おかあさんにいいました。
「二十日たったら、おかあさん、この家に火をつけて、焼《や》いておくれよ。」
母親は、びっくりしました。
「そんなむちゃなことが、できますか。」
しかし、権次は、ききません。
「おれにはおれの考えがある。だから、きっと、焼いておくれ。」
しかたなしに、おかあさんは、しょうちしました。そして、権次が出立《しゆつたつ》してから二十日目の晩《ばん》、むすこのいったとおり、家に火をつけて焼いてしまいました。
ところで、その晩のことです。権次は、船の上で、なにかそのへんを、クンクン、かいでまわるようなようすをしました。そのすえ、家のほうに鼻を向けて、いいました。
「くさい、くさい。どうも、これは、家の焼けるにおいだ。おれの家が、焼けているにおいだ。」
すると、船に乗りあわせている人が、
「ここから、おまえの家まで、すくなくとも、百里(約四〇〇キロメートル)はある。家の焼けるにおいなんて、そんなことがわかるものか。ばかばかしい。」
といって、笑いました。しかし、権次は、どうしても、自分の家が焼けるにおいだ、と、いいはります。
ところで、それから、さらに二十日して、権次たちは、船に乗って帰ってきました。すると、権次の家は、かれが、くさい、くさい、といったその日に、焼けていたことが、みなの者にもわかりました。
「あれ、これは、ふしぎなことだ。」
船のひとりが、いいました。
「権次の鼻は、百里もきくぞ。」
みんなも、そういって、ふしぎがりました。しかし、その中のひとりが、
「そんなことがあるものか、まぐれあたりよ。それじゃ、おれが、ひとつ、ためしてやる。」
そういって、その男は、炭《すみ》を、どっさり、井戸《いど》のそばへいけこみました。すると、そこへ、ちょうど、ひとりの男が通りかかりました。
「あれ、井戸ばたへ炭なんどうずめて、どうするんだ。」
「いや、これは、権次の鼻をためすんだよ。」
これを聞いてから、その男は、すぐ、権次に会いました。
「おまえが、えらい鼻ききだと、このへんいったい、大ひょうばんになっとるぞ。今も、井戸ばたを通ってきたら、おまえの鼻をためそうというので、炭を、たくさんいけとった。」
そう、権次に知らせてくれました。
まもなく、権次をよびに、人が来ました。
「おまえに、ぜひ、かいでもらわんといかんものがある。ちょっと、来てくれないか。」
「そうか、わしにできることなら。」
そういって、権次は、その男についていきました。
「なにしろ、おまえは、百里も先で、じぶんの家が焼けるのを、かぎわけたという男じゃ。ひとつ、ぜひ、かいでみてくれ。じつは、おれのところで、炭が一ぴょう、見えなくなってな。どっか、このへんにありはしないか。それを、ひとつ、かぎつけてくれ。」
権次は、クンクン、クンクン、そのへんの、家の中や外を、かぎまわるようなふりをしました。そのすえ、
「どうも、ここが、あやしいぞ。炭くさい、炭くさい。」
そういいながら、井戸ばたのところに、かがみこみました。さっそく、掘《ほ》ってみますと、もちろん、炭が一ぴょう、たしかに、うずもっていました。
「まったく、ふしぎな鼻じゃのう。」
そこらへんの人は、すっかりおどろいてしまいました。権次の鼻は、また、いっそう有名になりました。
そのうち、殿《との》さまが病気《びようき》になられました。それ、お医者《いしや》さまだ、おくすりだと、さわぎたてましたが、もう、何日も、いっこう、ききめがありません。
そこへ、鼻きき権次の名まえが、名だかくなってきたので、ひとつ、権次に、かがしてみようということになりました。
やがて、殿さまから、おめしの使いがきました。
「権次、殿さまのご病気をかいでみろ。なにが原因か、かぎあてたら、えらいごほうびが出るそうだぞ。」
そう、お庄屋さんからも、つたえてきました。
さて、権次は、
——これは、えらいことになった。もし、できなかったら、命はない。どうしよう、こうしよう、と、困《こま》りましたが、もう、ことわるわけにはいきません。そこで、命はないものとかくごして、とぼとぼ、村を出ていきました。山道を通っていくと、日が、とっぷりくれました。峠《とうげ》の大杉《おおすぎ》の下で、寝《ね》ころびながら、権次は、考えこみました。
——いっても命がないし、いかなくても命がない……。
と、首をかたむけて、いろいろと、思案《しあん》していました。
すると、そこへ、バサバサッと、つばさの音がして、大きな鳥が、杉の木の枝《えだ》にとまったようすです。見あげますと、それは、天狗《てんぐ》です。つれがあるらしく、なにか、ガヤガヤいっています。
「あいつも、ひとつ、とってくおうか。」
ひとりの天狗《てんぐ》が、そういいました。
「いや、あれはくわれん。殿さまのご用がかかって、およびだしになってるやつじゃ。くうたら大へん。」
と、もうひとりが、とめました。すると、さきのひとりが、
「けれども、行ったって、権次なんかに、なにがわかるものか。大きなちょうず石の下に、ふるいガマがすまいしとる。それをどけねば、殿さまの病気は、なおりはせぬのだ。そんなことが、権次ずれに、わかってたまるか。」
天狗たちは、そういう話を、ガヤガヤ、ガヤガヤ、いいあったすえ、権次を食べるのをやめて、どこへともなく、飛びたっていきました。
これを聞くと、権次は、いっぺんに、げんきが出てきて、
「もう、だいじょうぶ。早く行って、殿さまの病気を、なおしてあげよう。」
そう、つぶやきながら、峠をくだっていきました。
殿さまのお屋敷につくと、りっぱな座敷にとおされました。
「殿さまのご病気のもとが、どのお医者にも、わからないのじゃ。それで、みんなは、困っておる。ひとつ、すまんが、そなたの、百里先でもかげるという鼻で、殿さまのご病気のもとを、かぎわけてくれないか。」
家来《けらい》から、そう、たのまれました。
「はい、それでは。」
と、権次は、まず、殿さまの居間《いま》にはいって、スンスン、スンスンと、へやじゅうをかぎまわりました。それから、こんどは、廊下《ろうか》を、あっちこっちとかいだすえ、庭のちょうず石のところへ行って、スンスン、スンスンとやったあとで、もっともらしいようすで、
「ここが、どうも、あやしゅうございます。ここに、ふるガマがすまいしております。これが、殿さまのご病気のもとでございます。」
と、家来の人にいいました。
家来は、すぐに、人夫《にんぷ》をよんで、その石をとりのけました。はたして、石の下には、大きなガマが、四つんばいになっていました。さっそく、ガマを遠くへ追いやりました。すると、殿さまのご病気は、いっぺんに、すーっと、なおってしまいました。
権次は、たくさんのほうびのお金をもらい、そのうえ、年《ねん》ねん、ふち(ふち米《まい》のことで、いまの給料)までも、ちょうだいするようになり、さむらいにとりたてられました。そして、ただの権次ではなく、「鼻かぎ」を名のってよろしい、ということになりました。それからのちは、「鼻かぎ権次郎」と名のることになりました。