むかし、むかし、あるところに、お金持と貧乏《びんぼう》なおじいさんとがありました。
貧乏なおじいさんは、正直《しようじき》な、いい人だったのですが、子どももなければ、孫《まご》もありません。それに、とても年よりなので、働くこともできません。それで、毎朝、ごはんがすむころになると、お金持のところへ、
「まことにすみませんが、おなべを、ちょっと、貸《か》してください。」
そういって、おなべを借《か》りにいきました。借りたおなべに、お湯《ゆ》を入れ、なべをこすって、そのしるを、朝《あさ》ごはんのかわりにしていたのです。ところが、ある朝、そうやっているところを、村のいじわるな男《おとこ》に、見つけられました。その男は、
「やーい、おじいさんのなべこすり。」
と、悪くちをいいました。これを聞いたおじいさんは、もう、恥《は》ずかしくて恥ずかしくて、いたたまらなく思って、とうとう、お金持の家へ、いとまごいに出かけました。
「長いあいだ、おなべを、毎朝、ありがとうございました。わたくしは、これから、遠い旅に出ようと思います。それで、おいとまごいにまいりました。」
おじいさんは、心では、死んでしまおうと思っていたのです。お金持の家では、おじいさんのようすを見て、あわれに思い、
「それは、おきのどくだ。」
といって、お米をすこしやりました。おじいさんは、それから、近所を、いちいち、いとまごいに歩きましたが、どこのうちでも、それでは、おせんべつにと、お米をすこしずつくれるのでした。
おじいさんは、そのお米で、おむすびを作って、近くの山の谷の方へ登っていきました。そこは、オオカミの出るところで、何年か前にも、村の者や、旅人《たびびと》などが、オオカミにくいころされたことがありました。おじいさんは、もう、オオカミにくいころされて、死んだほうがいいと思って、谷の岩の上に腰《こし》をおろして、やすんでおりました。
やがて、夜もふけてから、おじいさんは、北の方を向いてよびました。
「オオカミさん、オオカミさん、はよう来て、くうておくれ。」
二度、三度、そうよびますと、北のほうから、ゴソン、ゴソンと音をたて、くらやみの中を、かけてくるものがありました。しかし、どうも、近くまでは、よってきません。
「はよう、くうておくれ。はよう、はよう。」
と、よんでみても、その音は、おじいさんから百メートルぐらいのところまで来て、それ以上には、近づきません。そこで、おじいさんは、こんどは、西の方へ向いて、
「オオカミさん、はよう来て、くうておくれ。」
と、いいました。ところが、やっぱり、ゴソン、ゴソンと、かけてくる音がしても、百メートルぐらいのところからこっちへは、はいってきません。こうして、東西南北、四方《しほう》へ向いてよんでみましたが、オオカミは、やっぱり、近よってきません。
そのうち、夜があけかかったころ、一ぴきの年とったオオカミが、そろそろと近よってきて、
「おじいさん、おじいさん、おまえが、いくら、くえくえといっても、この山には、おまえのような正直な人をくうオオカミは、おらんのだ。だから、おまえさんも、もう、ひきとったほうがよろしいぞ。」
そう、いいました。おじいさんは、それではしかたがないと思って、立ちあがって、山からおりようとしますと、オオカミが、自分のまゆ毛を一本ぬいて、
「さあ、これを持ってお帰りなさい。これさえあれば、もう、一生、ひもじいめにあうことはないからな。」
そう、いいました。おじいさんは、
「それはありがたい。ありがとう、ありがとう。」
と、何度も、オオカミにおじぎをして、山をおりました。山をおりてきますと、例のお金持の家では、田植《たうえ》がはじまっておりました。おじいさんは、たんぼのそばで、しばらく、それを見ていました。すると、お金持の主人がよってきて、
「おじいさん、ごはんを食べにきませんか。」
と、いいました。おじいさんは、
「ありがとうございます。」
といいながら、オオカミのくれたまゆ毛を出して、稲《いね》を植えているさおとめたちを、ながめていました。ところが、なんとしたことでしょう。その女たちが、いろいろさまざまの動物に見えてきました。まゆ毛を、目の前にかざしてみますと、それぞれの人間の心が、いろいろの動物になって見えてくるのでした。キツネの心を持った人もあれば、ヘビの心を持った人もあります。
お金持の主人は、おじいさんから、このことを聞いて、
「それは、いいものを見つけてきたな。ひとつ、わしに、ゆずってはくれまいか。」
と、申しました。しかし、おじいさんは、
「じつは、これは、オオカミがくれたまゆ毛で、けっして、人手にわたしてはいけない、と、いわれました。ですから、すみませんが、おみせするわけにもまいりません。」
と、ことわりました。主人は、
「ざんねんだが、しかたがない。」
と、まゆ毛は思いきって、おじいさんを家につれていって、ごはんをごちそうしました。
とにかく、このおじいさんは、正直でなさけぶかい人でしたから、そのご、このお金持の主人は、おじいさんに、
「わたしにかわって、家のおさめをしてください。」
そう、たのむようになりました。
やがて、おじいさんは、主人にかわって、その家をおさめることになりました。オオカミのまゆ毛のおかげで、おじいさんは、だれの心でも、すぐ、見やぶったからであります。
オオカミのいったとおり、おじいさんは、一生、ひもじいめにあわなかったということです。