むかし、肥後《ひご》の国(熊本県)は八代《やつしろ》というところに、彦市《ひこいち》どんという、おもしろい人がおりました。いつも、人をだましたり、からかったりして、喜んでいたそうです。
ところが、その彦市どんの家の後ろの山に、一ぴき、タヌキがすんでおりました。これが、彦市どんときょうそうしても、ひけをとらないほどの、おもしろいタヌキで、これも、毎日のように、人を化《ば》かしたり、だましたりして、喜んでおりました。
ある晩のことです。
彦市どんが、外に出かけていますと、
「彦市どん、彦市どん。」
と、よぶものがあります。
「だれか。」
と、彦市どんが聞きますと、
「おれは、裏山《うらやま》のタヌキだ。」
向こうは、そういいました。
「なにか、用か。」
と聞きますと、
「おまえは、なにがこわいか。いちばんこわいものは、なにか。」
タヌキが、そう、聞きます。
「そうだな。やっぱり、まんじゅうだな。一銭《せん》まんじゅうときたら、こわくてたまらん。」
彦市どんは、そう、へんじをしました。すると、その晩、彦市どんが、外から帰ってくると、窓《まど》から、なにか、どんどん、投げこまれてきました。見ると、どれも、みな、おいしそうな一銭《せん》まんじゅうです。
彦市どんは、さっきの、タヌキとした問答《もんどう》を思いだして、
「これはこわい。これはおそろしい。これはたまらん。」
そう、いいいい、ポンポン投げこまれてくるまんじゅうを、つぎからつぎへと、ほおばって、ムシャムシャ、ムシャムシャ、食べてしまいました。タヌキが、まんじゅうを投げなくなってしまうと、
「やれ、こわかった。」
そういって、お茶をいれて、ゴクゴク飲みました。このようすを、外から見ていたタヌキは、しかし、彦市どんにだまされたことがわかって、大へん、腹《はら》を立てました。
「どうしてやろう。すっかり、まんじゅうを、ただどりされちゃった。」
どうも、そう思ったらしいのです。あくる日のことです。
彦市どんが、たんぼへ行ってみると、そこに、いっぱい、石が投げこまれていました。
「あっ、これはよかった。石ごえ三年といってな。これから先、三年は、このたんぼ、こやしがいらない。たいしたものだ。いや、ありがたい、ありがたい。これが、まぐそなんかだったら、この田も、すっかり、だめになるところだった。」
彦市どんは、大きな声でそういって、喜んでみせました。ところが、近くで、やはり、これを、タヌキが聞いていました。
「また、しまった。彦市にだまされた。」
やはり、タヌキは、そう思ったようです。
その晩、その田の石は、きれいにとりだされて、そのかわり、馬《ば》ふんが、いっぱい、はいっておりました。
これを見て、彦市どんが、いよいよ、喜んだのは、いうまでもありません。