むかし、田山《たやま》というところに、大金持があったそうです。だんぶり長者といいました。だんぶりというのは、トンボのことです。
だんぶり長者は、わかいときは、大へん正直《しようじき》で、親切なお百姓《ひやくしよう》だったそうです。長者になってから、長者のしるしがなかったので、殿《との》さまに、
「長者のしるしを、くださいませ。」
と、おねがいしました。すると、殿《との》さまが、
「おまえの家には、むかしから、なにか、宝物《たからもの》があるか。」
と、聞かれました。長者が、
「家には、如来《によらい》さまからさずかったと思われるような、女の子がござります。」
と、こたえますと、
「それなら、長者のしるしをやろう。」
と、おっしゃって、殿さまが、書きつけをくださいました。
やがて、長者の娘は、殿さまのところへよびだされて、殿さまのおよめさんになりました。そこで、長者は、殿さまと親類《しんるい》になり、家は、いよいよ、さかえたということであります。
この長者が、わかいころの話です。
ある日、夫婦で、山に畑を打ちに出かけました。昼ごろになって、つかれましたので、木かげにはいって、グウグウ昼寝をしておりました。すると、夫《おつと》の顔の上で、トンボが、鼻にとまったり、口にとまったり、ひたいにとまったり、あっちへ行き、こっちへ行きしておりました。おかみさんが、追っても追っても、逃《に》げません。そのうち、夫は、目をさますと、
「おれは、今、ふしぎな夢《ゆめ》を見ていた。」
と、申します。
「そこの畑の向こうの山かげに、とってもいい酒がわいていて、それを、今、おまえとふたりで、ガブガブ飲んでいた夢だった。ああ、うまかったなあ。」
すると、おかみさんが、いいました。
「いま、おまえさんの顔の上で、トンボが、何度も何度も、とまったり飛んだり、とまったり飛んだりしていたよ。きっと、トンボが、そういう夢を見さしたのではあるまいか。もしかしたら、その酒というのは、ほんとうに、そこから、わきでているのかもしれないよ。行ってみようじゃないか。」
「そうかもしれん。行ってみよう。」
と、ふたりは、夫が夢に見た山かげの、谷の奥《おく》の岩から流れる泉《いずみ》をさがしもとめて、歩いていきました。谷の奥へはいりかけますと、どこからともなく、プーンと、いいお酒のにおいがしてきました。
——これは、酒だ。しかも、いい酒だ。
と、ふたりが、そのにおいをたよりに、すすんでいきました。すると、はたして、ほんとうに、岩の下から、ゴックゴックと、においのいい、おいしそうな酒が、わきだしております。飲んでみますと、いままで飲んだこともないような、おいしいお酒です。
ふたりは、大喜び。さっそく家に帰り、おけを用意して、その酒をくみ、町へ持ってって売りました。くんでは売り、くんでは売りましたが、いい酒ですから、いくらでも売れていきます。それで、ふたりは、お金が、いやがうえにも、もうかりました。
そのうち、酒の泉の近くから、金《きん》が出ることもわかりました。ふたりは、人をやとって、その金をも、掘《ほ》らせました。
こうして、ふたりは、その近辺《きんぺん》にふたりとない大長者になったのです。トンボに教えられて長者になったというので、だんぶり長者と名がつきました。めでたし、めでたし。