むかし、あるところに、貧乏《びんぼう》な家がありました。父親は、とうに死んでしまい、母親ひとりで、三人の男の子をやしなっておりました。しかし、なにぶん、母親は、女のことですから、とても、三人の子をやしなうことはできません。どうしたらいいかと考えたすえ、
——いっそのこと、今のうちに、山の奥《おく》へでも捨《す》ててこよう。
そんなことを、思いつきました。
——きっと、子どもたちは、山のくだものでもとって食べて、生きていくだろう。
困《こま》ったあげく、思いついたことでしょうが、しかし、子どもは、かわいそうです。
そこで、ある日のこと、母親は、三人を、山の奥へつれていきました。
「おまえたち、ここで、すこしのあいだ、待っておくれ。今に、おかあさんが、そのへんから、山のくだものを、とってきてあげるからね。」
そんなことをいって、うまく子どもたちをだまして、そこへ捨ててきてしまいました。
子どもたちは、母親のことばをほんとうにして、いつまでも待っていましたが、やがて、あたりが暗くなってきても、おかあさんは、帰ってきません。がまんしきれなくなって、上のふたりが、シクシク、シクシク、泣《な》きだしました。すると、いちばん下の七つになる弟が、
「にいちゃん、泣いたって、しかたがないじゃないか。どっか、このへんに、泊《と》めてくれるうちがないか、さがしてみようじゃないか。」
そういって、そばの木に、スルスルと、登っていきました。
「わあ、にいちゃん、向こうの方に、一つ、火が見える。あそこへ行って、泊めてもらおう。」
弟は、木からおりて、ふたりの兄をはげまし、はげまし、その火をめあてに、歩いていきました。やっと、森のなかの一軒の家を見つけましたが、行ってみると、それは、ひどいあばら家で、中では、ひとりのおばあさんが、いろりで、火を、どんどん燃《も》しておりました。子どもたちは、そこへはいっていき、
「おばあさん、おばあさん、おれたちは、道にまよって、困《こま》っておる者です。今晩一晩、泊めてください。」
と、たのみました。すると、おばあさんのいうことに、
「泊めてやりたいのは、やまやまだけれども、この家は、じつは、鬼の家でね、もうすぐ、その鬼が帰ってくるのだよ、帰ってきたら、おまえたちは、すぐ、とって食べられてしまう。だから、早く逃げていきなさい。こっちの道を行けば、鬼に行きあうから、そっちの道を行きなさい。」
早く早く、と、おばあさんは、せきたてました。けれども、三人の兄弟《きようだい》は、もう、すっかりくたびれています。それに、まっくらになった山の中では、どう行ってよいかわかりません。それでまた、おばあさんに、たのみました。
「おばあさん、おれたち、とてもくたびれていて、帰ることができない。どこでもいいから、泊めてください。」
しかし、おばあさんは、
「おまえたち、ほんとに、鬼が、とって食べるのだよ。」
といって、泊めてくれません。そういいあっているうちに、もう、裏《うら》のほうから、ズシン、ズシンと、足音がして、鬼が、帰ってきたようすです。おばあさんは、あわてて、
「そうら、おまえたちが、ぐずぐずしてるから、もう、鬼が来てしまった。いったい、どうするつもりだ。」
おばあさんは、やにわに、三人の子どもを、土間《どま》の穴《あな》ぐらのなかにおしこんで、ふたをしてしまいました。やっと、その上にむしろをかけたとたんに、鬼が、はいってきました。鬼は、クンクン、クンクンと、鼻をならして、
「どうも、これは人くさい。きっと、人間が泊まっているにちがいない。」
そういって、家の中を、あっちをさがし、こっちをさがし、しはじめました。おばあさんは、心配になって、
「じつは、今、三人の人間の子どもが、今晩一晩、泊めてくれといって、やってきたのだが、おまえが、裏から帰ってきた足音を聞いて、あわてて、逃げてしまった。だから、もし、人間のにおいがするのだったら、その子どものにおいにちがいない。」
これを聞くと、鬼は、
「そうか、子ども三人と聞いちゃあ、こたえられん。逃げたばかりなら、遠くへは、まだ、行くまい。追いかけて、つかまえてこなけりゃ。」
そういいながら、千里のくつというのをはいて、表口から、鉄砲玉《てつぽうだま》のように、飛びだしました。ところが、鬼は、いくら追っかけても、追っかけても、子どもらしいものは見つかりません。そこで、考えました。
「ははあ、これは、子どもらより、おれのほうが、早く来すぎたかもしれん。このへんで待っていたら、あとから、子どもたちが、やってくるにちがいない。」
鬼は、道ばたの石の上に、腰《こし》をかけました。そのうち、つかれが出てきて、つい、グウグウと、ねむってしまいました。
いっぽう、おばあさんの家では、鬼が飛びだすと、すぐ、おばあさんは、穴ぐらの中から、三人の子どもをよびだして、
「いま、鬼は、千里のくつをはいて、出かけたから、もう、遠くへいったにちがいない。おまえたちは、今のうちに、早く、こっちの道から逃げなさい。道をまちがえるんじゃないよ。」
といって、子どもたちを、裏口から、逃がしてやりました。しかし、子どもたちは、どう、とちゅうで、道をまちがえたのでしょう。鬼が行ったのとおなじ道へ、出てしまいました。
だんだん歩いていくうちに、向こうの方で、雷《かみなり》さまが鳴《な》るように、ゴウゴウ、ゴウゴウ、ゴウゴウ、えらい音がしております。なんだろうと思いながら、近よってみますと、道ばたの石をまくらに、一ぴきの大きな鬼が寝《ね》ていて、雷のようないびきをたてております。子どもたちは、こわくてこわくて、またしても、ふたりの兄は、シクシク泣きだしました。すると、すえの弟が、
「にいさんたち、いくら泣いたって、しようがないじゃないか。鬼の寝ているうちに、ここを通りぬけなくちゃ。」
そういって、ぬき足さし足、そうっと、鬼の前を通っていきました。そのとき、ふと、弟は、鬼の足に目をつけました。見ると、千里のくつというのを、はいております。弟は、にわかに、それがほしくなり、そうっと、そのくつをぬがせにかかりました。やっと、いっぽうだけぬがせたと思うと、鬼は、足をピクピクッとうごかし、ウウーンとのびをして、ねがえりを一つ、うちました。弟が、ヒヤッとして、息《いき》をころしていますと、鬼は、
「ネズミのやろう、これから、よなべに行くのかな。」
そんなねごとを、いいました。
弟は、しばらく、しゃがんで、じっとしていました。鬼は、また、寝こんだようです。弟は、そうっと、もういっぽうのくつをぬがせました。すると、鬼は、また、その足をピクピクッとさして、ウウーンとのびをして、ねがえりを打ち、
「ネズミのやろう、もう、よなべから帰ったかな。」
と、ねごとをいって、また、ねむってしまいました。
そのあいだに、弟は、鬼の両方のくつを持って、そうっと、鬼からはなれ、ふたりのにいさんをよびました。
「にいさん、にいさん、このくつをはいてみなさい。これは、千里のくつなんだよ。」
そういって、弟は、大きいにいさんに、そのくつをはかせました。そして、あとのふたりは、帯《おび》で、じぶんたちのからだを、固く、兄のからだにしばりつけ、
「さあ、飛べ、飛べ、飛べっ。」
と、となえました。すると、ズシン、ズシンと、音がしたと思うと、もう、三人は、鉄砲玉のように、飛びだしました。その音にびっくりして、目をさました鬼は、さては、子どもに逃げられたかと、歯ぎしりして、くやしがり、
「やれ待て、子どもら。こら待て、がきども。」
といいざま、あとを追っかけましたが、千里のくつをとられてしまったのですから、追いつくことはできません。子どもたちは、見るまに、はるかかなたに、ケシつぶのように小さく見えるほどに、逃げさってしまいました。鬼は、あきらめて、すごすご、山へ帰っていきました。
鬼が山の家へ帰ってきますと、おばあさんは、子どもたちのことが心配なので、それとなく、鬼に聞いてみました。鬼は、
——おれが、早く行きすぎたので、とちゅうで、やすんで寝ているまに、くつをとられてしまったんだ、と、大へんしょげておりました。
いっぽう、子どもたちは、ぶじに家に帰り、それからのちは、おかあさんを助けて、よく働き、しあわせに暮らしたということであります。