むかし、むかし、ひとりの若者が、川のほとりを通っていますと、天女《てんによ》が三人、羽衣《はごろも》を岸《きし》の枝《えだ》にかけて、水あびをしていました。これを見た若者は、その天女のひとりの羽衣を、そうっと、とって、向こうの岩かげにかくしておきました。天女たちは、水あびをおわりましたので、羽衣を着て、天にのぼっていこうとしましたが、ひとりの天女だけは、羽衣がなくて、天へのぼれません。たいへん困《こま》って、羽衣をさがしに、あちらに行き、こちらに行きしておりました。
そこへ、若者が出てきて、その天女を、自分の家につれて帰り、およめさんにいたしました。なにぶん、とても美しい天女のことですから、若者は、毎日毎日、およめさんの顔に見とれていました。ほんのちょっとのあいだでも、その顔を見ずにはおれないほどになりました。若者は、そのため、畑に行くこともできず、山へ行くこともできず、まるで、しごとができません。そこで、天女が、いいました。
「それでは、わたくしが、自分の姿《すがた》を絵《え》にかいてあげますから、その絵を持って、畑においきなさい。竹にはさんで、畑のくろにつきたてておいて、それを見い見い、畑をすればいいでしょう。向こうのうねをたがやすときは、向こうのうねに持っていき、こちらのうねを打つときは、こちらのうねに持ってくれば、それを見ながら、畑ができます。」
そこで若者は、天女がかいてくれたすがた絵《え》を持って、畑へ行き、天女のいったとおり、いたしました。そうして、毎日毎日、その絵をながめながら、働いていました。ところが、ある日のこと、ふいに、大風がふいてきて、そのすがた絵を、どっかへふきとばしてしまいました。若者は、びっくりして、追いかけたのですが、もう、どこにも見えません。
すがた絵は、空にふきあげられて、町のほうへ飛んでいき、ついに、殿《との》さまの御殿《ごてん》の庭へ落ちたのでした。ひとりの役人が、それをひろって、殿さまにさしあげました。
「殿さま、殿さま、ただいま、こんなものが、お庭に落ちてまいりました。」
殿さまが、それをうけとって、ごらんになると、見たこともないような、美しいおよめさんのすがた絵ではありませんか。
「これはきれいだ。自分も、こういうおよめさんがほしい。きっと、どこかに、こういうおよめさんが、いるのにちがいない。草をわけてでも、さがしてきなさい。」
そう、役人に、いいつけました。役人は、それぞれ、手わけをして、さがしに出かけました。そして、とうとう、さがしだして、天女を、殿さまの御殿へつれていきました。
しかし、天女は、御殿へつれていかれるとき、若者に、モモのたねを三つわたして、いいました。
「このたねを植えて、三年たつと、実がなります。そうしたら、その実を持って、御殿に、モモ売りにおいでなさい。きっと、いいことがあります。」
若者は、そのモモのたねをまいて、たいせつにそだてました。三年たつと、花がさいて、やがて、モモの実がなりました。若者は、その実をとって、かますに入れ、肩《かた》にかつぎ、殿さまの御殿の前に行きました。
「モモ売ろう、モモ売ろう。」
そう、ふれて歩きました。すると、御殿に来てから、三年のあいだというもの、いちども、笑ったことのなかった天女が、モモ売りの声を聞いて、はじめて、にっこり笑いました。これを見ると、殿さまは、大へん喜んで、
「モモ売りの声が、そんなに気にいったのなら、ここへよびいれて、もすこし、その声を聞かせてやろう。」
と、めし使いにいいつけて、モモ売りを、御殿の庭によびいれ、庭の中を、ふれて歩かせました。若者は、
「モモ売ろう、モモ売ろう。」
と、庭の中を、あっちへ行き、こっちへ行きして、ふれて歩きました。すると、天女は、ホッホ、ホッホと、腹《はら》をかかえて笑いました。
「そんなに、このモモ売りの声がおもしろいか。それなら、おれが、やってみせよう。」
とうとう、殿さまは、モモ売りと着物をとりかえ、自分で、かますのモモをかつぎ、
「モモ売ろう、モモ売ろう。」
と、御殿の中を、ふれて歩きました。そのうえ、御殿の門から外の道にまで出て、ふれて歩いていきました。そのとき、門番は、殿さまを、ほんとうのモモ売りと思って、外に出ていくのはゆるしたのでした。しかし、殿さまが、しばらくして、御殿へ帰ろうとしても、門をしめて、どうしても、中へはいることをゆるしません。とうとう、殿さまは、ほんとうのモモ売りになってしまったということです。若者と天女は、そのご、御殿で、仲よく、しあわせに暮らしました。