むかし、おばあさんと娘《むすめ》とが、ふたりで暮らしておりました。
娘は、一里(約四キロメートル)も先のお金持の家に、てつだいに行って、おばあさんをやしなっておりました。夕ごはんは、いつも、お金持の家で食べるのでしたが、そのとき、娘は、かならず、一ぜん、ごはんを残して、うちへ持ってかえり、おばあさんに食べさしておりました。そうして、朝は早く、お金持の家に行って、せっせ、せっせと、勤勉《きんべん》に働いていました。
あと、いよいよ二、三日で、三年のおつとめが、すむというときのことです。娘は、いつものように、おばあさんのごはんを持って、わが家への帰りを、急いでおりました。峠《とうげ》の上までくると、大雨がふってきました。道ばたの大きな木の下で、雨をよけてやすんでおりました。すると、その木が、ものをいいました。
「やよいさん、やよいさん、毎日、ご苦労《くろう》さまだのう。おれは、これから三日たつと、殿《との》さまのところから、山師がやってきて、根もとから切りたおされ、三月《みつき》たつと、船《ふね》になって、海にうかぶことになる。」
これを聞くと、つい、やよいがいいました。
「まあ、おきのどくなこと。」
木は、いいつづけました。
「ところで、その船おろしのときじゃが、何十人かかっても、おれのその船は、けっして、海へおりていかん。そのとき、殿さまから、この船をおろす者があったら、のぞみどおりのほうびをくれる、というおふれがでる。そうしたら、おまえは、殿さまに申しでて、おれの船のへさきに立って、ヤア ヨイ ドッコイセ、と、声をかけてごらん。すると、船が、スルスルとすべって、海の上にうかぶ。おまえは、殿さまから、ごほうびをいただいて、それからは、安楽に暮らせることになる。」
木が、こういいおわると、そのとたんに、雨がやんで、きれいな星空《ほしぞら》になりました。娘は、大急ぎで家に帰って、おばあさんに、その話をしました。そして、あくる日も、また、早くおきて、だんなの家に行って、まじめに働きました。
それから三日目のことです。三年のつとめがすんだので、娘は、家へ帰っておりました。すると、あの大木がかたったとおり、山師がおおぜい、峠にやってきて、木をたおしておりました。そして、それから三月たちますと、船づくりがはじまって、やがて、りっぱな船ができあがりました。
きょうは、いよいよ、船おろしという日のことです。たくさんの人が浜へ行って、船おろしを見物に集まりました。ところが、峠の木が、かたったとおりです。さあ、これから、船おろしということになりましたが、船が、どうしても、うごきません。船大工が、へさきの方を見たり、ともの方を見たり、あっちこっちしらべましたが、どこにも、こしょうはありません。それなのに、船が、びくとも、うごかないのです。まったく、ふしぎというほかありません。とうとう、殿さまから、おふれがでました。
「さあ、この船をおろす者があるなら、ほうびは、のぞみどおりじゃ。だれか、おろす者はないか。」
しかし、だれひとり、「わたしがおろします。」と、いってでる者がありません。
そのときです。娘のやよいが、
「わたしが、おろしてみましょう。どうでございましょうか。」
と、申しでました。すると、殿さまが、
「女でもかまわない、おろすことができたら、おろしてみろ。」
と、おっしゃいますので、やよいは、船へのぼり、そのへさきに立って、
ヤア ヨイ ドッコイセ
と、声《こえ》をはりあげてうたいました。すると、どうでしょう。みるみるうちに、船は、スルスルとすべりだして、ザボーンと、海の上にうかびました。
「これは、なんというふしぎな娘だろう。」
殿さまはじめ、みなの者は、ふしぎがり、娘に、いろいろとたずねました。しかし、娘は、
「わたしには、なんの力《ちから》もございません。」
と、いうばかりで、たいへん恥《は》ずかしそうに、殿さまの前で、おじぎをしました。殿さまから、
「のぞみどおりのほうびをくれるぞ。なにがほしいか。えんりょなくいうてみよ。」
といわれて、娘は、
「わたしのうちには、六十あまりの母がおります。まんぞくに、ごはんを食べさせることもできません。冬になり、寒くなっても、じゅうぶん、着物を着せることもできません。それで、母のごはんと着物、それだけを、なんとかしていただきとうぞんじます。」
それを聞くと、殿さまは、
「よろしい。心配するな。」
と、着物やお米を、山のように、なんびきもの馬につんで、娘のところに、とどけさせました。親子ふたりは、すえながく、安楽に暮らすことができました。