一
むかし、むかしのことです。大村の殿《との》さまに、男の子が生まれました。名まえを、まみちがねといいました。まみちがねが三つのとき、おかあさんが死にました。まもなく、あたらしいおかあさんが、来ました。まみちがねは、そのあたらしいおかあさんに、九つまでそだてられました。
九つのとき、おとうさんの殿さまが、三月のあいだ、江戸《えど》へ行くことになりました。おとうさんは、出かけるとき、おかあさんに、いいました。
「おまえは、なにも、しごとをしなくてよいから、まみちがねの髪《かみ》をすくことだけは、毎日、わすれずに、やってもらいたい。」
おかあさんは、おとうさんの船《ふね》を見おくって、帰ってきました。ところが、それからというもの、おかあさんは、にわかに、まみちがねに、とてもつらくあたるようになりました。朝には、
「山へ行って、たきぎをとっておいで。」
と、いうかと思うと、昼には、
「庭をはきなさい。」
と、いいます。そんなことで、髪のていれどころではありません。まみちがねの頭には、ごみがいっぱいたまり、はては、シラミがわくようにさえなりました。ちょっとのあいだに、まみちがねは、きたない子どもになって、二目《ふため》と見られないようになってしまいました。
いよいよ、三月たちました。あすは、おとうさんが、帰るという日になりました。おとうさんから、手紙《てがみ》が来たのです。すると、おかあさんは、
「あすは、おとうさんが、お帰りになるから、たきぎをとったり、庭をはいたり、うんと働きなさい。」
そう、まみちがねに、いいました。
さて、あくる日のことです。まみちがねが、
「おかあさん、おかあさん、船をむかえにいきましょう。」
そういいますと、おかあさんは、
「おまえは、先に行きなさい。わたしは、髪をゆって、あとから行くから。」
といいますので、まみちがねは、それではと、さきに港に行きました。
おかあさんは、それから、かみそりで、顔にいくつもきずをつけ、ふとんをかぶって、寝てしまいました。いっぽう、おとうさんは、港についた船からおりて、むかえにきたまみちがねの、きたない身なりを見ますと、
「どうして、おまえは、そんなに、きたないふうをしているのか。」
と、たずねました。
「おかあさんが、きれいにしてくれないのです。」
まみちがねは、ほんとうのことをいいました。
「それじゃ、おかあさんは、どうしたんだ。」
おかあさんが来ていないので、そう、おとうさんが、たずねました。
「髪をゆって、あとからくるといいました。」
そう、まみちがねが、こたえました。ふたりは、しばらく、おかあさんを待っていましたが、なかなか、おかあさんは、やってきません。しかたなく、ふたりは、家に帰りました。見ると、おかあさんは、寝ております。
「おまえ、どうしたのだ。」
そう、おとうさんが、たずねました。おかあさんは、ふとんをおしあげ、顔を出していいました。
「あなたの子どもが、わたしを、こんなめにあわせました。あなたの船が出てからは、毎日毎日、かみそりで、わたしの顔にきずをつけるやら、髪をひっぱるやら、わたしは、恥《は》ずかしくって、ひとに顔が見せられませんでした。おむかえに行かなくって、悪いとは思いましたが、この顔では、おむかえにも行けません。」
おとうさんは、その話を聞いて、まみちがねのいうことを、聞こうともせず、
「おまえのような不孝者は、どこへでも、出ていってくれ。」
そう、しかりつけました。そうして、家にいる三びきの馬のうちから、いちばんよい馬をえらび、江戸からおみやげに買ってきた、きれいな着物をそえて、まみちがねにくれてやり、まみちがねを、家から追いだしました。