次の日の夢では、その子供はやはり鳥打帽をかぶって出て来ましたが、出て来たと思うと、土蔵の蔭《かげ》に駆けこんでしまいました。けれども、間もなくその蔭から高い竹馬に乗ってピョコリピョコリとやって来ました。と、その後から子供の友だちらしいのが、やはり高い竹馬に乗って、ピョコリピョコリとやって来ました。
と、その後からも、後からも、同じような子供が十人ぐらいも列をつくって、みな同じような竹馬に乗って、ピョコリピョコリとやって来ました。先頭の子供は樫の樹のところまで来ると、そこを一まわりして、すぐまた土蔵の蔭の方へ引きかえしました。
すると、つづく連中もみな樫の樹を一まわりして、じゅんじゅんに土蔵の蔭に入って行きました。みんなが入ってしまうと、また子供が先頭で出て来ました。みんな何やら話しているらしく、愉快そうにニコニコした顔であります。そして出たり入ったり、何度も何度もしました。これを見て、お爺さんは初めて何かが分ったらしく、
「うん、そうか。」と言いました。が、それで夢はさめてしまいました。さめてもお爺さんは、
「なるほど、そうだったのか。」と、さも感心したように言っていました。と、そこへ丁度正太がやってまいりました。
「お爺さん、何を言ってるの。」
正太がお爺さんのひとり言をききとがめました。お爺さんはまたそれをいいことにして話し出しました。
「うん、まあお聞き。な、お爺さんはこの間からここにいて夢ばかり見ていたんだ。それがね、その夢にいつも子供が出て来るんだ。あの樹の下から出て来てさ、金輪を廻したり、竹馬に乗ったり——。」
「ほんとう、お爺さん、ほんとうに出て来るの。」
「いいや、それが夢なんだ。夢なんだが、ほんとうなんだ。お爺さんの国の家にも、丁度あの通りの古い樫の樹があったんだ。その樹の下に、お爺さんは小さい頃、大きな穴を掘った。そしてその穴の中に色々のものを埋めたんだ。大きくなって掘り出そうと思ってね。
ところがそれからもう五十年も時がたった。今までお爺さんは忘れていたんだよ。今頃になって、その穴から色々のものが出て来るんだ。この椽側でコクリコクリとやってると。」
「ほんとに出てくるの。」
「ほんとにさ。」
「あの樹のところに。」
「うん、そうだよ。」
「それじゃあやってごらん、コクリコクリを。正太が見ているから。」
「いいや、それはお爺さんにだけ見えるんだ。正太になど見えやしないよ。」
「なあんだ。」
つまらなそうに正太が言いました。するとお爺さんが、また話し出しました。
「いいや、それがなかなか面白いんだよ。今こそお爺さんはこんなお爺さんだろう。しかし穴から出て来るお爺さんは丁度正太、お前ぐらいだよ。それが色々なことをして遊んでいるよ。弓で|いたち《ヽヽヽ》をうったり、竹トンボを空へ上げたり——国へ行ったら、何だか、そんなお爺さんが、まだ遊んでいるような気がするよ。」
「うそだ。」
「いや、うそでないよ。考えてごらん。今、正太はこんな家に住んで、こんな着物を着て、こんなものを持って遊んでいるだろう。」
お爺さんはそう言った時、正太の丁度持っていた自動車の玩具《おもちや》をとりあげて正太に見せました。それからまた話し出しました。
「それがそっくりそのまま、この今の正太お前まで戸棚の中にしまって置けて、お前が大きくなった時とり出してこられたら、え、どんなに面白いことだろう。まあ、今だってさ。お母さんの乳をのんだ頃のお前を今ここに取り出して見れるものだったら、え、面白いと思わないか。——何だい。こんなにちっぽけなのか。まだ乳をのんでやがらあ、そんなことを言うだろうなあ。」
「フーン。」
はじめて分ったらしく、正太はこう言ってにっこりしました。
「だからさ、お爺さんはそれをやろうと思って、|くに《ヽヽ》の樫の樹の下に、小さい頃、色々のものを埋めたんだ。下駄や帽子や小刀や笛や、コマなんかも埋めたよ。それから池から捕って来た蟹《かに》なんかまで入れたんだ。それに銀杏《いちよう》の種、朝顔の種、何から何まで入れたんだ。」
「今でも生きてる、その蟹。」
正太がききました。
「そりあ死んでるさ。だけど、お爺さんには|くに《ヽヽ》へ行けば、その穴から色々なものが、いや、小さい頃のお爺さんまで出て来るように思われる。いいや、あの樹のところには今でも出て来て遊んでいるように思われる。」
「行ってみればいいじゃあないか。」
「ウン、行ってみよう。」
「ほんとに。」
「ほんとにさ。お爺さんも、にわかに行きたくなって来た。」
これを聞いて、正太がどんなに喜んだことでしょう。
「僕も一しょにね。一しょにね。」と、よくお爺さんに頼みました。ところで、お爺さんは|くに《ヽヽ》を出てから四十年にもなりますのに、今まで一度も|くに《ヽヽ》へ行ったことがありませんでした。
それで、にわかに思いたって、小さい頃の自分の家を見るために、それからまた、夢に見たあの樫の樹の根元を掘ってみるために、正太をつれて、間もなく|くに《ヽヽ》へと立ちました。
と、その後からも、後からも、同じような子供が十人ぐらいも列をつくって、みな同じような竹馬に乗って、ピョコリピョコリとやって来ました。先頭の子供は樫の樹のところまで来ると、そこを一まわりして、すぐまた土蔵の蔭の方へ引きかえしました。
すると、つづく連中もみな樫の樹を一まわりして、じゅんじゅんに土蔵の蔭に入って行きました。みんなが入ってしまうと、また子供が先頭で出て来ました。みんな何やら話しているらしく、愉快そうにニコニコした顔であります。そして出たり入ったり、何度も何度もしました。これを見て、お爺さんは初めて何かが分ったらしく、
「うん、そうか。」と言いました。が、それで夢はさめてしまいました。さめてもお爺さんは、
「なるほど、そうだったのか。」と、さも感心したように言っていました。と、そこへ丁度正太がやってまいりました。
「お爺さん、何を言ってるの。」
正太がお爺さんのひとり言をききとがめました。お爺さんはまたそれをいいことにして話し出しました。
「うん、まあお聞き。な、お爺さんはこの間からここにいて夢ばかり見ていたんだ。それがね、その夢にいつも子供が出て来るんだ。あの樹の下から出て来てさ、金輪を廻したり、竹馬に乗ったり——。」
「ほんとう、お爺さん、ほんとうに出て来るの。」
「いいや、それが夢なんだ。夢なんだが、ほんとうなんだ。お爺さんの国の家にも、丁度あの通りの古い樫の樹があったんだ。その樹の下に、お爺さんは小さい頃、大きな穴を掘った。そしてその穴の中に色々のものを埋めたんだ。大きくなって掘り出そうと思ってね。
ところがそれからもう五十年も時がたった。今までお爺さんは忘れていたんだよ。今頃になって、その穴から色々のものが出て来るんだ。この椽側でコクリコクリとやってると。」
「ほんとに出てくるの。」
「ほんとにさ。」
「あの樹のところに。」
「うん、そうだよ。」
「それじゃあやってごらん、コクリコクリを。正太が見ているから。」
「いいや、それはお爺さんにだけ見えるんだ。正太になど見えやしないよ。」
「なあんだ。」
つまらなそうに正太が言いました。するとお爺さんが、また話し出しました。
「いいや、それがなかなか面白いんだよ。今こそお爺さんはこんなお爺さんだろう。しかし穴から出て来るお爺さんは丁度正太、お前ぐらいだよ。それが色々なことをして遊んでいるよ。弓で|いたち《ヽヽヽ》をうったり、竹トンボを空へ上げたり——国へ行ったら、何だか、そんなお爺さんが、まだ遊んでいるような気がするよ。」
「うそだ。」
「いや、うそでないよ。考えてごらん。今、正太はこんな家に住んで、こんな着物を着て、こんなものを持って遊んでいるだろう。」
お爺さんはそう言った時、正太の丁度持っていた自動車の玩具《おもちや》をとりあげて正太に見せました。それからまた話し出しました。
「それがそっくりそのまま、この今の正太お前まで戸棚の中にしまって置けて、お前が大きくなった時とり出してこられたら、え、どんなに面白いことだろう。まあ、今だってさ。お母さんの乳をのんだ頃のお前を今ここに取り出して見れるものだったら、え、面白いと思わないか。——何だい。こんなにちっぽけなのか。まだ乳をのんでやがらあ、そんなことを言うだろうなあ。」
「フーン。」
はじめて分ったらしく、正太はこう言ってにっこりしました。
「だからさ、お爺さんはそれをやろうと思って、|くに《ヽヽ》の樫の樹の下に、小さい頃、色々のものを埋めたんだ。下駄や帽子や小刀や笛や、コマなんかも埋めたよ。それから池から捕って来た蟹《かに》なんかまで入れたんだ。それに銀杏《いちよう》の種、朝顔の種、何から何まで入れたんだ。」
「今でも生きてる、その蟹。」
正太がききました。
「そりあ死んでるさ。だけど、お爺さんには|くに《ヽヽ》へ行けば、その穴から色々なものが、いや、小さい頃のお爺さんまで出て来るように思われる。いいや、あの樹のところには今でも出て来て遊んでいるように思われる。」
「行ってみればいいじゃあないか。」
「ウン、行ってみよう。」
「ほんとに。」
「ほんとにさ。お爺さんも、にわかに行きたくなって来た。」
これを聞いて、正太がどんなに喜んだことでしょう。
「僕も一しょにね。一しょにね。」と、よくお爺さんに頼みました。ところで、お爺さんは|くに《ヽヽ》を出てから四十年にもなりますのに、今まで一度も|くに《ヽヽ》へ行ったことがありませんでした。
それで、にわかに思いたって、小さい頃の自分の家を見るために、それからまた、夢に見たあの樫の樹の根元を掘ってみるために、正太をつれて、間もなく|くに《ヽヽ》へと立ちました。