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日本むかしばなし集179

时间: 2020-01-30    进入日语论坛
核心提示:    六 善太が朝学校へ急ぐ途中、踏切の処へ行くと、あの通せん棒が下りて来た。その時、眼の前のレールの側に落ちている光
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    六

 善太が朝学校へ急ぐ途中、踏切の処へ行くと、あの通せん棒が下りて来た。その時、眼の前のレールの側に落ちている光ったものが眼についた。首を延ばして覗《のぞ》き込むと、笛だ。あの呼子なんだ。宮田君が落したんだろうか。いや、あれとは違う。よく見たいと思うけれども、その間にも誰かに拾われそうでならない。足を棒の下にさし入れ、手許《てもと》にかき寄せようかとも思ったが、踏切番のおじさんに叱られそうだ。それに足どころでは届かないようである。そこで一心に光った笛を見つめていた。その時側に自転車を引いた酒屋の小僧と、カバンをかけた中学生と、それから二三人の学生がいた。だから、善太は独《ひと》り言《ごと》を云ってみた。
「あの笛、僕んだ。」
でも、誰も何とも云わなかった。その時、丁度シューッと電車が通ったので、棒の上るのも待たず、下をくぐって、笛に手を延ばした。
「こらっ。」
踏切番のおじさんがどなった。でもよかった。笛をポケットにつっ込むと、踏切を駆けぬけた。駆けぬけると、笛がどんなに見たかったことだろう。しかし周囲に沢山人が通っているし、小学生だって幾人もいるんだから、
「あ、君、それ拾ったの? あ……。」
そんなことを云われても困るから、それなり学校へ来てしまった。学校へ来ると尚おそれを見る折がなく、いつもポケットの中で握りしめているばかりだった。でも、嬉しく楽しく、休み時間など誰とも遊ばないで、一人ポケットの笛をいじりながら、運動場の隅に立っていた。その時笑えそうでならなかった。
その日、家は引越すことになっていた。何処へ引越すのか知らなかったけれど、善太が帰る頃、お父さんの友達が来てトラックに荷と善太とお父さんと三平を乗せて行くことになっていた。
トラックに乗って笛を吹いたら、どんなに面白いだろう。善太は運転台に乗せて貰うんだ。発車の時にまず吹く。と、ゴトゴトと出て行く。曲り角が来たら、また吹く。と、そこは徐行ということになる。それからトラックのブウブウって云うあのラッパも鳴らさせて貰う。と、きっと道で友達に会う。その時はそれを二度も三度も鳴らしてやる。友達がビックリして見ると、そこには善太が乗っているということになる。みんな善太たちのトラックと思うかも知れない。友達が岸本君や末光君だったら、笛を吹いて止めて貰い、みんな善太の側へ乗せてやる。そうしてみんなで笛を吹いたり、ラッパを鳴らしたりして行くんだ。猛烈なスピードが出るといいな。それから道が随分遠いと尚おいいな。
こんなことを考えて、教室に入り、また運動場に出て、一時間二時間とうとう四時間の時間がたった。いよいよ終りの五時間目だ。教室に入って読本を出したが、先生の言葉も聞えず、眼の前の読本の字も見えず、唯だポケットで笛をシッカリ握りしめていた。その内、誰か後ろで立って、本を読み出した。そうだ! この間に——と善太は思った。だって朝踏切で拾ってから、もう四時間一度だって眼の前に持って来て見たことさえないんだもの。どんな笛だったか。宮田君にやったあの笛だろうか。宮田君に聞けば見なくたって解るんだけども、宮田君は今日欠席しているんだし、何だか笛の形を忘れてしまったような気さえするのだ。もしかしたら、笛でなかったかも知れないぞ。唯だのブリキの管だったらどうしよう。頭のとれた鳴らない笛だったらどうしよう。そう思うと、胸がドキドキするようだ。
でも、見ることにしよう。どうしても見ることにきめた。そこで一寸先生の方を上目で見て、ポケットから握った拳《こぶし》をさっと出す。それを膝の上に置いて考える。この中から何が出るだろう。パッと開いて、パッと閉《ふさ》ぐ。笛だ。やっぱり笛なんだ。光ってる。で、また開いて、閉ぐ。それから先生の方と、側の岸本君の方を横目で見る。誰一人こちらを見てるものはない。こん度はソロソロと開いて行く。
全く大きな笛だ。宮田君にやった笛なんかと比べものにならない笛だ。頭に円い環さえ付いている。掌の上でそっと転がしてみる。おお大変、も少しで落すところだった。そこでこん度はその頭を持って吹口を唇にあててみる。次に唇を押し入れる。こん度は歯で噛《か》んでみる。と、突然|焦《じ》れったくなって、カリカリ噛み砕きたいような気がして来た。でも、それを堪えて、そうっと息を吹き入れる。ほんの一寸、息が出てるか、出ていないくらい。だって、鳴ったら大変だ。吹く真似だけしてみるんだ。嬉しく、恐く、動悸《どうき》がして、身体がほてって来た。
ああ、恐かった。恐かった。笛が鳴ったような気がしたんだ。大急ぎで笛をポケットに突込み、手を膝に置き、読本を覗き込んだ。だけど、どうしても落付けない。ポケットに手が入れたくなる。外へ出してる手は何だか空っぽのような気がするんだもの。それで中に入れると、笛が握りたく、握ると出して見なければ、見ると唇にあてなければ、あてると、息がひとりでに出て来るんだ。
その出て来る息でソロソロと吹いている時だった。善太はハッとして周囲を見廻した。今、激しい笛の音が聞えたんだ。誰が吹いたんだろう。しかし大変なことになった。みんなの顔がみな善太の方に向いている。すると、吹かなかったように思うけれど、きっと笛が自分で鳴ったんだ。
「松山ッ。」
先生の厳しい声と顔だ。善太は直ぐ突立った。笛を持って先生の前へ行き、お辞儀をして、それを先生の机の上に置いた。
「先生、御免なさい。」
云おうと思ったけれど、ドモる善太はこんな時何も云えず唯だ黙ってお辞儀をした。そして帰りかけると、先生の手が後ろから善太の肩を掴んだ。その手に引き戻されて、善太は黒板の側へつれて行かれ、そこの壁の前に立たされた。
「さ、ここに立っていなさい。笛が吹きたかったら、幾らでも吹くがいい。」
先生は笛を取って来て、善太の手に握らせた。だけど、どうしてこんな処で笛が吹けよう。唯だ笛を持っていた。すると、先生はまた来て、笛を善太の口に喰わえさせた。
「さ、吹かないかっ。」
「もう致しませんから——。」
善太はそう云いたかったんだけれども、どもるばかりで、一口も云えなかった。仕方なく、笛を喰わえて、壁の前に立っていた。方々でクスクス笑うものがあった。でも一生懸命なので、そんなことは何でもなかった。しかしその内口が次第に疲れて来て、笛を喰わえている口角からタラタラよだれが垂れて来た。
それを拭こうとした時、もうよだれが床の上に落ちていた。
「あ、よだれを垂らした。」
こう云うものがあったので、みんなが一度にどっと笑った。それで善太はポロポロ涙が落ちて来た。それでも笛は口に喰わえていた。
永い時間だった。やっとベルが鳴った。善太はほうっと大息をついた。何でもいい、早く帰って、トラックに乗せて貰うんだ。みんながガヤガヤ帰る用意を始めたので、今に先生が「帰っていい」と云うだろうと思って、先生の顔を見つめていた。だけど、先生は何も云わない。
「れいっ!」
級長が号令をかけて、みんな廊下へ出はじめた。でもまだ先生は何も云わない。善太は次第に心細くなって来た。
「先生、僕んち今日引越しなんです。」
云いたかったんだけれど、やはりそれも云えずに、おどおどするばかりだった。
「松山は笛が吹き足りる迄立っていなさい。足りたら先生の処へ云って来なさい。」
そう云うと、善太が口をモグモグさせている間に、先生は出て行ってしまった。後には当番の連中が残った。だが、その連中誰一人善太に話しかけようとしない。知らない人間のような振りをしている。
善太は次第に顔がほてって来て、拭いても拭いても涙が止らない。早く帰らなければ、内は引越してしまうのだ。もう内の前にトラックが来てとまる頃だ。いや、荷物を積んでしまって、ゴトゴト機械が動き始めている頃だ。こうしておれない。善太は自動車の機械のように身体をゆすった。それから自動車が走り出すように、教員室の方へ走り出した。
あれっ、一寸の間と思ったのに、もう教員室には先生がいないのだ。そこで便所の方をうろついたり、方々の教室の前を駆け廻ってみたり、小使さんの部屋にも行ってみた。何処にもいない。
次第に気は焦って来る。家には貸家札がはられて、戸がしまったに違いないと考える。
「どうしたらいいだろう。帰っても行く処がなくなるぞ。」
その時善太は玄関の下駄箱の処へ立っていた。そこで身体をゆすりながら、あれやこれやと思い惑うていた。暫くそうしていると、もう堪らなくなったか、競争のようにスタートを切って、校門目がけて一直線に走り出した。校門を出るとそこであわててポケットから笛を取出し、大急ぎに口に押し込み、
「ピリピリ、ピリピリ、ピリピリ。」
と、息の続く限り吹き鳴らした。今朝からの喜び恐れ怒りを今笛の中に叫び入れた。何度も腰を折るようにし、顔を地につけるようにして吹きに吹いた。すると、気が一層むしゃくしゃして来て、笛を奥歯でカリカリ噛んだ。噛んでも、それが噛み砕けないと、手をあげて、それを力一杯アスファルトの上に投げつけた。何度投げつけても、笛がどうもならないので、靴でもって、力をこめて踏み付けた。それでも、笛が固いのを知ると、こん度はそれを拾って、家の方へ駆け出した。直ぐ電車の線路の処へやって来た。すると、善太は笛を持つ手を上げて、両足を拡げて踏んばり、手でも振り切るような勢いで、笛を線路の上に投げ付けた。笛は線路の石の上に当って跳ね上りそれから彼方《むこう》のレールとレールの間に落ちころがった。善太は立って見てみたが、笛はもうそれきり動かなかった。すると、こん度はそこへ電車が非常な勢いで走って来た。これを見ると、善太は何を思ったのか、その電車の前へ大声で叫びながら駆け込んだ。
「先生の馬鹿野郎っ。」
その声は少しもどもっていなかった。
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