青山君は小学校の三年生でしたが、学校の時間が永くて困りました。ことに、三時間目の丁度おひるの前の時間など、お腹がすいているのに、とてもたち方がのろいのです。どうしてでしょう。これは時計の針の廻り方がおそいせいでしょうか。どうかして、この時計というものを早く廻るようにすることは出来ませんでしょうか。それには、学校の時計ばかりが早くなっても、何の役にもたちません。直ぐ、
「これは時計がくるった。」
と言って直されてしまいます。どうしたらいいでしょう。それで、お父さんにおたずねしてみますと、
「ウン、そんなことは、天文台の人に聞いてみなさい。」
と言われました。天文台には、色々な機械があって、いつも太陽や星が空をうごいて行くのをしらべていました。つまり時間というのは、太陽の廻り方がもとになっているのでした。
それで、ある日、青山君は天文台へ出かけて行きました。そこでえらい天文の博士にあいました。そして、
「おじさん、僕、時間がのろくて仕方がないのです。も少し早くたつようにして下さい。」
そう言って頼みました。すると、
「ふーん、それは大変むつかしいことだな。が、しかし十年だけならやってもいい。」
その博士が言うのでした。
「十年って、おじさん、何ですか。」
そう聞きますと、
「ウン、今の時計でね、一時間の間に十年たってしまう訳だな。」
「へえ、すると、僕、一時間の中《うち》に二十になるんですね。やあ、面白い。」
「じゃ、一つやってみるかね。」
「え、一つやってみて下さい。」
それから青山君は博士につれられて、奥の方の高い建物の上へ登って行きました。そこには空を見る望遠鏡という大きな大砲のような眼鏡がありました。博士に言われて、それを覗《のぞ》いてみますと、
「あれあれ。」
大きな空が見えるではありませんか、その空の真中にギラギラ光っているものがあります。それから二本の針が出ております。丁度時計のように長いのと短い針です。その針のさしているところに、ピカリピカリ、とても美しく光っているものがあります。その真中で光っているのは、それはお日様だそうであります。そのまわりを囲んで、まん円く幾つとなく小さく光っているのは、それはお星様だそうであります。つまり、太陽と星なのです。その太陽がまわるにつれて、針が動くしかけです。長い針が一廻りするのが一年だそうです。短い針が一廻りするのが十年だそうです。
「解ったかね。」
博士はそう言いました。
「解ったら、これを持って、下の庭の芝生の側におきなさい、その上に少し土をかけてね、君はじっと見てるんだよ。どんなことがあっても、決してビックリするんじゃないよ。何しろ、一度に十年たてるのだからね。」
青山君は博士に樫《かし》の木の種のようなものを貰いました。そこでそれを持って、下に見える庭へ下りて行きました。言われた通りに、芝生の側の土の上に置き、ちょっと土をかけました。そして側にしゃがんで、じっとこれを眺めていました。
と、大変です。何だか、大風でも起ったように、まわりのものが動き始めたのです。何とも解らない大きな音も起って来たのです。ビックリするなと言われていても、ビックリせずにはいられません。それで顔をあげて、空を見ますと、今迄真上にあった太陽がまるで流れ星のような勢いでスーと西の方へ飛んで行きます。そして直ぐ西の山の彼方へ隠れてしまいました。それと同時に、まるで電燈がつくように空にパッとお星様が出ました。それがキラキラ光りました。光ったと思うと、どうでしょう。もう太陽が東の山からのぞきました。朝になったのです。星の光はサッと消えました。蒼《あお》い空です。その上をまた太陽が流星のようにスーッと西の山へ飛んで行きます。それが入ると、またパッと何万という星の電燈、と、またすぐに朝の太陽です。
あっという間もありません。
ところが、目の前の木の種はどうでしょう。見ている前で、ムクムク土が動きました。もう二葉の芽生えが出て来ました。これは直ぐ一センチ二センチ、いや十センチ二十センチと延びました。延びる間に、青葉がパッパッと枝につきました。いや、枝だって、まるで手をつきだすように活溌《かつぱつ》に出て来ました。枝が出ると、直ぐ葉がつくのです。葉が出ると、花が咲くのです。咲いた花は直ぐ散るのです。花が散ると、葉も散ります。葉が散ると、おやおや、その上に白いものがチラチラ、雪が降って来たのです。と、思う間に、もう暑くなりました。
その時でした。上の建物から博士の声が聞えて来ました。
「青山君、一年たったぜ。」
しかしどうでしょう。これでは勉強する間がないではありませんか。青山君は困ってしまって、
「先生もういいですいいです。」と答えました。これから青山君はよく勉強するよい子供になりました。