かくいう私もストーカーに襲われた被害者の一人だ。
電話がかかってきた。「お前を殺してやる」と言う。私の子どもの名前を次々とあげる。母の名前も言う。正しい。わが家のこともよく知っている。「みんな、殺してやる」とおどす。「殺してやる」とはおだやかではない。「こちらのことをよく知っているなら、あなたも名前を名乗るべきだ」と言うと、「何をっ」と激昂する。
家内が私の身を心配して、かわって電話に出る。寒い晩に家内は四十分、五十分と相手になっている。話の内容は相も変わらず、「殺してやる」の一点張りだ。そのうち、家内はストレスがこうじて胃痛を訴えるようになった。
ついに玄関のドアに投石され、ガラスが割られた。おそるおそる家人が外に出てみたが、人影は見えない。電話では「院長を出せ」としつこく言う。
われわれ夫婦が仕事で海外へ出張すると、その間は不思議と電話はかからなかった。われわれの恐怖はさらに増大する。実にわれわれの状況を知っている。すべてを見通されている感じがして、ますます恐怖が高まるばかりだった。
ついに警察に頼んで、探知機を設置してもらった。ある日、とうとう逆探知に成功した。これで逮捕まちがいなし、となったとたんに電話がかからなくなった。警察が真剣に乗り出すに及んで終息したが、恐怖はのちのちまで残ったのだ。
あるときも、F首相を襲撃した男から、「お前の病院に収容され、精神分裂病という病名をつけられておれの一生は台なしになった。どうしてくれる」と言って、電話がかかり出した。例によって家内が私にかわって、防波堤になってくれた。ただ彼は感心なことに名前を名乗った。家内が病院に問い合わせてみたら、入院の件は事実だった。措置入院、すなわち強制入院である。これは都道府県の指定病院が当番制で入院を引き受ける制度で、入院患者に病院を選択することはできない。
何回目かの電話のとき、「精神分裂病という病名のおかげで、あなたは刑務所に行かずにすんだのではないですか」と家内は言ったそうだ。病気の診断がつけば、刑務所のかわりに病院への措置入院という制度がとられて、病者は刑務所に行かずにすむのだ。そして病状が落ち着けば、病院から出て社会に戻ることもできる。
家内のひと言に、彼は「それもそうだな」と言い、それから電話はかからなくなった。
また、ある女性からは「頭の中に電気がパチパチと鳴ってたまらない。どうにかしてほしい」と電話が一日何回もかかってきた。看護婦も対応しきれず、業務に支障が出るようになったので、自宅にいた家内が「私が引き受けます」と言って、一日に何回もしんぼう強く相手をしたこともある。こういう苦労は職業がら、いたし方ないと観念している。
ストーキングはいずれも対応がなかなか困難で、「病院にいらっしゃい」などと言おうものなら、相手は病識がないこともあり、必ず激昂するに違いない。しんぼう強く相手をし、聞きじょうずになって、説得するしか方法がないのである。
二〇〇〇年(平成十二年)、ストーカー規制法という法律が成立したが、実はその判定がむずかしいのだ。病的なものもあるし、性格に起因するものもあるからだ。
この法律の内容は、一、待ち伏せ 二、監視していると告げる 三、面会、交際の要求
四、乱暴な言動 五、連続した電話やファクス 六、汚物の送付 七、名誉を傷つける 八、性的な羞恥心の侵害の八項目から成っている。
ストーカー行為とは、これらの行為が繰り返し行われ、安全で平穏な生活が送れなくなった場合をいう、と同法は定義づけている。
ストーカー行為の前段階はつきまとうことだが、その目的は、恋愛感情やそれが満たされないことによる怨恨感情を満たす場合に限定する、とも同法は述べている。
「ストーカー」という名前が人口に膾《かい》炙《しや》するにつれ、精神分裂病などの妄想にも登場するようになった。ある分裂病者は家を出ると、「必ずストーカーがついてくる」と言う。「駅のホームにも、電車の中にも、バスの中にもいる。それも主に外国人で、白人も黒人もいる」などと言う。分裂病には「追跡妄想」といって、だれかがあとからついてくる、という妄想が少なからずあらわれる。その妄想の中に、「ストーカー」という名前が登場するのは、やはり時代というものだろう。
電話がかかってきた。「お前を殺してやる」と言う。私の子どもの名前を次々とあげる。母の名前も言う。正しい。わが家のこともよく知っている。「みんな、殺してやる」とおどす。「殺してやる」とはおだやかではない。「こちらのことをよく知っているなら、あなたも名前を名乗るべきだ」と言うと、「何をっ」と激昂する。
家内が私の身を心配して、かわって電話に出る。寒い晩に家内は四十分、五十分と相手になっている。話の内容は相も変わらず、「殺してやる」の一点張りだ。そのうち、家内はストレスがこうじて胃痛を訴えるようになった。
ついに玄関のドアに投石され、ガラスが割られた。おそるおそる家人が外に出てみたが、人影は見えない。電話では「院長を出せ」としつこく言う。
われわれ夫婦が仕事で海外へ出張すると、その間は不思議と電話はかからなかった。われわれの恐怖はさらに増大する。実にわれわれの状況を知っている。すべてを見通されている感じがして、ますます恐怖が高まるばかりだった。
ついに警察に頼んで、探知機を設置してもらった。ある日、とうとう逆探知に成功した。これで逮捕まちがいなし、となったとたんに電話がかからなくなった。警察が真剣に乗り出すに及んで終息したが、恐怖はのちのちまで残ったのだ。
あるときも、F首相を襲撃した男から、「お前の病院に収容され、精神分裂病という病名をつけられておれの一生は台なしになった。どうしてくれる」と言って、電話がかかり出した。例によって家内が私にかわって、防波堤になってくれた。ただ彼は感心なことに名前を名乗った。家内が病院に問い合わせてみたら、入院の件は事実だった。措置入院、すなわち強制入院である。これは都道府県の指定病院が当番制で入院を引き受ける制度で、入院患者に病院を選択することはできない。
何回目かの電話のとき、「精神分裂病という病名のおかげで、あなたは刑務所に行かずにすんだのではないですか」と家内は言ったそうだ。病気の診断がつけば、刑務所のかわりに病院への措置入院という制度がとられて、病者は刑務所に行かずにすむのだ。そして病状が落ち着けば、病院から出て社会に戻ることもできる。
家内のひと言に、彼は「それもそうだな」と言い、それから電話はかからなくなった。
また、ある女性からは「頭の中に電気がパチパチと鳴ってたまらない。どうにかしてほしい」と電話が一日何回もかかってきた。看護婦も対応しきれず、業務に支障が出るようになったので、自宅にいた家内が「私が引き受けます」と言って、一日に何回もしんぼう強く相手をしたこともある。こういう苦労は職業がら、いたし方ないと観念している。
ストーキングはいずれも対応がなかなか困難で、「病院にいらっしゃい」などと言おうものなら、相手は病識がないこともあり、必ず激昂するに違いない。しんぼう強く相手をし、聞きじょうずになって、説得するしか方法がないのである。
二〇〇〇年(平成十二年)、ストーカー規制法という法律が成立したが、実はその判定がむずかしいのだ。病的なものもあるし、性格に起因するものもあるからだ。
この法律の内容は、一、待ち伏せ 二、監視していると告げる 三、面会、交際の要求
四、乱暴な言動 五、連続した電話やファクス 六、汚物の送付 七、名誉を傷つける 八、性的な羞恥心の侵害の八項目から成っている。
ストーカー行為とは、これらの行為が繰り返し行われ、安全で平穏な生活が送れなくなった場合をいう、と同法は定義づけている。
ストーカー行為の前段階はつきまとうことだが、その目的は、恋愛感情やそれが満たされないことによる怨恨感情を満たす場合に限定する、とも同法は述べている。
「ストーカー」という名前が人口に膾《かい》炙《しや》するにつれ、精神分裂病などの妄想にも登場するようになった。ある分裂病者は家を出ると、「必ずストーカーがついてくる」と言う。「駅のホームにも、電車の中にも、バスの中にもいる。それも主に外国人で、白人も黒人もいる」などと言う。分裂病には「追跡妄想」といって、だれかがあとからついてくる、という妄想が少なからずあらわれる。その妄想の中に、「ストーカー」という名前が登場するのは、やはり時代というものだろう。