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様式のない芝居は、まずロマンチックな様式で始められます。現実感がないから、とりあえずはみんな、ロマンチックなことだけはやれるのです。
木川田くんがやって来たのは、磯村くんが越して、三日目の晩でした。
木川田くんがやって来たのは、磯村くんが越して、三日目の晩でした。
三日目の夕方に、畳の上に置きっ放しにしてある電話器が鳴って、「どうォ? 遊びに行ってもいいィ?」という木川田くんの声がしました。
それに対して「うん、いいよ」と言う磯村くんの声は、既にして一人暮しに馴《な》れてしまった、いつもの磯村くんの声でした。
学校に行って「引っ越したんだァ」と言ってみて、帰って来て近所の地理を知る為にアッチコッチ歩き回っていた磯村くんは、もういつもの�明るい磯村くん�に戻っていました。
その�明るさ�を買う為に彼が何を払ったのか、それはまだ誰も知らないことですが、ともかく、起きて大学に行って、それがあんまりにも近くにあることを体験してしまった磯村くんは、何故かそれだけでウキウキしてしまったのです。
「下手すりゃ歩いてだって行けるもん」——そう思った磯村くんは、ほとんど、特権階級でした。なにしろ、高幡不動の町よりは、下手すりゃ山の向うにある大学の生協の方がなんでも揃っていたからです。�青春のざわめき�まで、そこでは売っているように思えたからです。
「もう絶対平気だ」と磯村くんが思ったのは無理ありません。
リアリティーというものをどっかに落っことして来たまんま、磯村くんの人生の第二幕というのは始まったのですから、磯村くんは、平気でロマンチックな舞台にも上れました。だからとりあえずの第二幕第一場は、そういうようなストーリーの展開になるのでした——。
それに対して「うん、いいよ」と言う磯村くんの声は、既にして一人暮しに馴《な》れてしまった、いつもの磯村くんの声でした。
学校に行って「引っ越したんだァ」と言ってみて、帰って来て近所の地理を知る為にアッチコッチ歩き回っていた磯村くんは、もういつもの�明るい磯村くん�に戻っていました。
その�明るさ�を買う為に彼が何を払ったのか、それはまだ誰も知らないことですが、ともかく、起きて大学に行って、それがあんまりにも近くにあることを体験してしまった磯村くんは、何故かそれだけでウキウキしてしまったのです。
「下手すりゃ歩いてだって行けるもん」——そう思った磯村くんは、ほとんど、特権階級でした。なにしろ、高幡不動の町よりは、下手すりゃ山の向うにある大学の生協の方がなんでも揃っていたからです。�青春のざわめき�まで、そこでは売っているように思えたからです。
「もう絶対平気だ」と磯村くんが思ったのは無理ありません。
リアリティーというものをどっかに落っことして来たまんま、磯村くんの人生の第二幕というのは始まったのですから、磯村くんは、平気でロマンチックな舞台にも上れました。だからとりあえずの第二幕第一場は、そういうようなストーリーの展開になるのでした——。