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無花果少年と瓜売小僧41

时间: 2020-01-31    进入日语论坛
核心提示:  41 磯村くんがその�カナちゃん�こと加奈恵ちゃんとヤッちゃったのは大学の試験が終ったその日のことですが、その前にもう
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 磯村くんがその�カナちゃん�こと加奈恵ちゃんとヤッちゃったのは大学の試験が終ったその日のことですが、その前にもう少し磯村くんのことを書いておきましょう。
 磯村くんは、アパートの自分の部屋に帰ると緊張していましたが、それは、木川田くんがいる時よりも、木川田くんがいない時の方が多いようでした。
昼間は干してある布団をとりこんだりなんだかで気は紛《まぎ》れましたが、夕方からシンとする夜にかけては、なんとなく落着きませんでした。夕方一人で帰って来て部屋の戸を開けて、木川田くんの脱ぎっ放しの靴下なんかがポンと置きっ放しで転がっているのを見たりすると、ドキッとしました。部屋のドアを開ける迄は、「自分は一人で住んでるんだ」と磯村くんは思いこんでいるのですが、部屋のドアを開けた瞬間、誰もいない筈の部屋に誰かがいるのです。「あれ、誰もいない筈なのに……」と思って、「あ、木川田か……」とか思うのです。
まァ、磯村くんにそんなことを思わせるぐらい、毎日木川田くんがとっかえひっかえファッションをチェンジさせていたということもありますが——。だから、七人ぐらいいる違う種類の木川田くんの、「今日はどの木川田かなァ……」というのに付き合わされていると�馴れる�ということが出来なくなってしまう、ということもありますけど。
 磯村くんは、「他人と暮すのって大変だなァ」とそんな自分のことを感じて考えていましたが、それは勿論嘘ですね。
それは何故かと言いますと、木川田くんと一緒にいる時、別に磯村くんはどんな�大変�も全く感じないでいることが出来たからです。
 磯村くんはマメな人間ではありませんでしたが、一応はきれい好きでした。部屋の中が散らかっているとやっぱり気になるんです。
一方木川田くんは、一応マメでしたが、別にきれい好きな人間ではありませんでした。部屋のゴミをマメに拾っている時もありましたが、自分の脱ぎ捨てた服を平気でほったらかして、一向に片付ける気配も見せませんでした。
日曜の朝は、雨が降っても天気でも、まず掃除をすることになっていましたが、「掃除なら日曜の朝にチャンとしとけばいいじゃない」と言った木川田くんが、進んで掃除をしたことなどはありませんでした。進んで掃除どころか、バイトのある木川田くんは、日曜日大学が休みの磯村くんよりもズッと、布団の中でグズグズしていました。
でも別に、これで磯村くんがカリカリ来ることはありませんでした。「ホラ、木川田ァ、掃除するって約束だろォ!」と、平気で怒鳴りました。平気で怒鳴って一人で掃除をしてしまって、「ねェ、磯村ァ、俺のこと怒ってるゥ?」という木川田くんのことを不思議がっていました。「なんでそんなこと言うんだろう?」って。
磯村くんは、もうそれで木川田くんのことを「傷つけてしまった……」と思うほどのバカではありませんでしたが、別に木川田くんのことを怒るつもりもありませんでした。「そういう性格なんだァ……」と思うと、それだけで磯村くんはスッキリしてしまって、一向に平気でした。
磯村くんは、自分から何かを決めるとか何かを作り出すということは苦手でしたが、決められたルールをちゃんとこなすとか、他人となんとかやって行くということは得意でした。「自分の人生はそれだけだからつまんない」と、ついこの間まで思っていたぐらいですから。
 木川田くんがそこにいれば、自分のポリシーとは全然|相容《あいい》れないことでも「ああ、そういう性格なのかァ……」と割り切って行くことが出来ます。割り切れれば、それで落着けました。落着いて平気で、「木川田ァ、約束が違うじゃないかァ」なんてことを言えました。どっちかといえば自分ではなくて木川田くんが言い出したルールでも、一旦それがルールになってしまえば、磯村くんは平気でそれに従えました。ルールがなければなんにも分んないけど、でもルールがあれば平気でいられるのが磯村くんでした。もっともこれも、ついこないだまではやっぱり「自分てそういう性格でそれだけだからやだなァ」と磯村くんは思っていましたけれども。
だから磯村くんは、別に、�一緒にいる他人�と一緒に暮すのはなんでもなかったのです。
木川田くんの御飯作りが意外とモタモタしていて、そして意外と味が単調で、「こういう風にしたらいいんじゃないの?」と自分が手を下した方が意外とおいしく出来るとか、一緒にコタツに入ってゴロゴロしてるだけなら全然ラクだとか、そういう風に思っていた磯村くんにとっては勿論、「自分て料理が下手なんだ……」とか「こんな時どうしてればいいんだろ。黙ってゴロゴロしてるだけなんて、磯村、俺のこと怒ってるんだ……」とか思ってる木川田くんの心理状態なんかは、予想の外だったのです。
「他人と暮すのって大変だなァ」と思っていた磯村くんは平気で他人と暮していましたし、「他人と暮すのって大変なんだ……」と思いかけていた木川田くんは「僕ってダメなのかもしれないなァ……」と思いかけていました。
木川田くんは�他人がいなければ平気�だったし、磯村くんは�他人がいなければダメ�でした。それだけの差でしたが、この二人がその違いを分ることはまずありませんでした。それ以前に二人は、「磯村は俺に興味ないから俺だって磯村に興味ないし」「木川田は僕のこと興味ないみたいだし僕だってホントは、あんまり木川田のこと興味ないし」と、お互いに微妙に違った一線を引き合っていましたから、�差�はそこで尽きていました。
 磯村くんはそんなことも分らずどんなことも分らず、ただ木川田くんの�性格�だけをよく分って行って、一人暮しの技術だけはマスターして行きました。
お掃除だってしました。洗濯だってしました。トイレの掃除だってあんまり好きじゃないけど、チャンとしました。御飯だってチャンと作れるようになりました。朝はコーヒーとトーストで、時々は目玉焼が付きます。木川田くんがそういう朝御飯を作ったので、「あ、そうなんだ」と思ってそういう朝御飯にしたのです。機能的だし、チャンと目が覚めるし、チャンと朝御飯を食べた気にもなれるし。
コーヒーは時々紅茶にもなります。コーヒーがなくなった時はそうなります。
自分一人で朝御飯を作っていた時は「こんなのでいいのかなァ……」と思ってなんとなく味気なかった朝御飯も、今では自信を持って朝御飯になっています。でももう、磯村くんには朝御飯がおいしいのかどうか、それがよく分らなくなっていました。おいしいかどうかよりも、自分はチャンと朝御飯を食べているから、それでなんの問題もなかったのです。
だから磯村くんは、共同生活が苦ではなかったのです。
他人がいればその他人は色々と言ってくれます。何も言わなくても「ああ、そうかァ」と思うことで、色々のことが分って行けます。だから磯村くんが辛かったのは、その�いる他人�がいない時でした。
 いなければいないでいいのです。いるのならいるで、それはまたそれでいいのです。でも、いる筈の人間がいない時は大変でした。自分はどっちの生活様式で生きていいのか分らなかったからです。
 磯村くんは、一人でいる時は、冷たい人でした。自分ではそう思っていました。自分なりの生活を持っていて自分なりの考え方を持っていて、自分なりの分り方を身につけていて、それで人生を生きていました。時々、あまりにも整然としていて荒涼としていてつまらないと思ってしまうぐらい、それはテキパキとしてスムースでした。「こんなにテキパキとやれてしまうのは、自分がそのことにあんまり関心が持てなくて、義務だから手ッ取り早く片付けちゃおうと思ってるんだ」と思うぐらい、それは当り前でした。
そして磯村くんは、他人といる時は人当りのいい人でした。
色んな他人がいて色んな都合がぶつかり合う時なんか、自分なりの考えとか自分なりの都合とか、そういうものは全部保留にしておいて、ともかくその場をうまくやって行く方法だけは知っていました。
でもそれは、磯村くんにとってはつまらないことでした。
何故かといえば、それはやっぱり�社会のルール�に基づいてやっていることで、個性というものがそうした人間関係の中ではなくなって行くからです。
要するに磯村くんは、「自分が好きになれる人がそこにいないからつまんない」と、人付き合いのいい自分の、その�人付き合いの場�をあんまり高く評価していませんでした。
という訳で磯村くんは、割り切って、二人の自分を使い分けていました。
 一人でいる自分は、「まァ、だってそういうもんなんだからいいじゃない」と思って平然と孤高でしたし、他人といる自分は、「まァ、だってそういうもんなんだからいいじゃない」と思って、平然と円満でした。それがルールで、それが出来ない人は�バカ�でした。
他人といる時に大したこともない意見とか主義主張を声高に言ったりするのは、磯村くんにとっては�バカ�でした。そういう人間は一杯いると思いました。
一人でいる時にチャンと自分を立派に見せている能力のない人も、やっぱり磯村くんには�バカ�でした。
学校の外には前者の�バカ�が一杯いて、学校の中には後者の�バカ�が一杯いるような気がしました。
世の中というものは、そう思ってる自分がテキトーに合わせて行けばいいものだからラクだと、磯村くんは思っていました。「でも、それだけじゃつまんないし」と、磯村くんはそれも思っていました。
でも磯村くんは、そう思っている自分が、実際に世の中とテキトーに合わせて行けるだけの能力を持っている自分かどうかは、まだ分りませんでした。だってまだ、磯村くんは世の中に出ていないのですから。
 でも磯村くんは、もうズーッと長い間世の中とテキトーに合わせて来ていたんだと思っていました。家から一歩出て�学校友達�というようなところに行けば�世の中�というものはありましたから。
でも磯村くんはそういう�世の中�の中にいて、自分がフッと、「どうしてみんなバカなんだろう」と思ってしまっていることに気がつけませんでした。「自分は今、テキトーに他人と合わせているんだからそんなことをしている筈はない」と、そう思っていました。
磯村くんは、自分に処世術があって、二つの生活様式を使い分けているだけで、自分は一つしかないと思っていましたが、実際の磯村くんが二人いることには気がつけなかったのです。
磯村くんは二人いて、その二人の磯村くんがそれぞれテキトーな処世術を持っていて、その二人の間が曖昧《あいまい》にぼやけているなんてことは、全く分りませんでした。�曖昧にぼやけている�というよりは、あるチャンネルから別のチャンネルにテレビのチャンネルを移動する時、実は�ザーッ�という音を立てている空白のチャンネルがある、といった方が正解でしょうか?
磯村くんは、その空白に決して気がつこうとはしませんでした。
 1チャンネルから3チャンネルへ瞬時に飛ばして、「あ、自分の見たいのこっちじゃないや」と思って又すぐ1チャンネルに戻す——そうすれば、自分が3チャンネルを見ていたとは思わずにすみます。途中で見てしまったけど、それは�見たい�と思って見た訳じゃないから見ていたことにはならない——磯村くんの考え方はこうです。
1チャンネルの番組が退屈だからチャンネルをひねって遊んでいた。それでたまたま3チャンネルがなんかやっているのがブラウン管に映っただけだ——磯村くんの考え方はこうでした。それでいけば勿論、�ザーッ�と音を立てている2チャンネルを覗《のぞ》いてしまったことなど、見たことには入りません。
この時の磯村くんは�1チャンネルの番組を見ている�という、1チャンネルのルールに従っている磯村くんです。「自分は今そっちのルールに従ってるんだから、こっちのルールなんて知る訳ないじゃないか」と思っていますが、でも実際は�そっち�以外のルールも知っているのです。
�1チャンネルの磯村くん�と�3チャンネルの磯村くん�との二人です。
1チャンネルが�世間�なら3チャンネルは�家族�でしょうか。
家にいる時も、家の外にいる時も、実は映っているテレビを見ているということで、おんなじ二人の磯村くんでした。家の外にいる時はテキトーにニコニコしていて、家の中にいる時はテキトーにブーブー言っている。違っている——としたら、それは、映っている�テレビ�を見ている磯村くんの、態度だけです。
1チャンネルも3チャンネルも、その他もどれも面白くない時、磯村くんは、テレビを消して一人の部屋に入ります。�テレビ�を見ていない時の磯村くんが何を考えて、どんな磯村くんでいるのか、それは誰にも分りません。だって、テレビには何も映っていないのだから、態度のとりようというものが、そもそもないのです。
という訳で、テレビを消してしまった時の磯村くんというのは、なんにも映っていない2チャンネルの�ザーッ�という真っ白い、走査線の波が流れている画面を見ている磯村くんと同じです。
 何も映っていないものをどうして見ることが出来るでしょうか? 何も映っていないものを、どうして平気で見ているのでしょうか? それは一体どういうことなんでしょう?
磯村くんは、ただ見ていることしか出来ない人だったから、見ているものがなくなってしまったら、ないものを見ているしかなかった、という訳なのです。
 磯村くんにとって木川田くんの存在は、『ママとあそぼうピンポンパン』とおんなじものでした。
テレビの向うで体操のお兄さんが「サァ、みんな元気にしてたかな?」とニッコリ笑っていうと、磯村くんもやっぱり、テレビの前で�コクン�とうなずいたという、それだけなのです。
 磯村くんは元気にしています。元気にしていてよい子です。でも、そんな磯村くんの前にあるテレビは、いつしか終ってしまいます。幼児番組が映っている間ズーッとよい子にしていた磯村くんは、それが終ってもまだ、よい子をしています。ズーッとそうしていたから、そうしているクセがついてしまったのです。そういうクセがついて、そういう体勢のままで待っていても、テレビの画面は、一向に磯村くんに話しかけてはくれません。気がつくと、�ザーッ�と言っているだけです。磯村くんはどうしたらいいのか分りません。「自分は確かによい子なんだけど……」と思ったまま、自分一人の生活を始めるだけです。
体操をしたりお姉さんにうなずいている時は元気ですが、でも�ザーッ�としか言わないテレビの画面を見ながら、そこで期待されている理想のよい子像を演じることは、ほとんど不可能なことです。
一人になった磯村くんは、まるで錆びついた人形のようにギシギシと動き始めます——「確か、こうだったと思うけど……」と、自分の知っている筈の一貫性だけを、手探りで確かめながら。
磯村くんは、自分が一人しかいないと思っています。だから自分は一貫していなければいけないし、一貫している筈だと思っています。でも、実際の磯村くんは二人なのです。
そばに自分以外の人間がいて、それに合わせてやっている自分ともう一人、そばに誰もいなくて、ただ�ザーッ�という白い画面を眺めているだけの自分と。
 でも磯村くんには、その�ザーッ�という白い画面がなんなのか分りません。ブラウン管の走査線が作る不規則なグジャグジャ模様にはなんかの意味があるのかもしれませんが、ともかく映っているそれは、なんのことだか分りません。「分らない自分が悪いんだ」と思って、「どうやらこれは、こんな風に映っているらしいな」と、映っていない画面の動きを読んで、ギクシャクと動き出すのです。
「これでいい筈なんだけどな……。これでいいと思うんだけど……。これでいいんじゃないかと……」——そう思いながら、確かに自分を看視している筈の�誰か�の前で、磯村くんは、ない筈の自分の一貫性を確かめるのです。
磯村くんが�大変�だったのは、他人と暮すことではなくて、他人の幻から自由になった自分を作ることでした。磯村くんを看視していたのは�他人�ではなくて、確かにいると思える、�他人の幻�でした。
 磯村くんは、他人を見ていることは平気でした。他人と付き合うことは他人を見ていることでしたから。そして、�いい他人�とは、自分を遊ばせてくれる他人でした。その人に遊んでもらっている間はとにかく、自分の頭の中には�ザーッ�という白いスクリーンが出て来ないのですから。
磯村くんは、自分以外の人間と付き合っていくことは気骨の折れることだと思っていました。そして、大したことのないヤツとテキトーにやって行くのは大して難しいことではないとも思っていました。でも、そう思っている磯村くんには、実は、�自分以外の人間�なんていう人は一人もいなかったんです。
 磯村くんが他人の中にいる間、磯村くんが他人と共にいる間、そこに磯村くんはいませんでした。
そして、いる磯村くんが何かを考え始めた途端、磯村くんの周りには、人間なんか一人もいませんでした。
なんにも出来ない�いる磯村くん�と、なんにも考えられない�いない磯村くん�と、実は、磯村くんは一人ではなく、二人いたのでした。
そして勿論、賢明な皆さんにはもうお分りだと思いますが�ザーッ�と言って流れているブラウン管は、実は、もう一人の——そして唯一人本当である、いる筈のそしていなければならない�真の磯村くん�でした。
�本当の磯村くん�は、まだどこにもいなかったのです。
そして、その白い画面をただ眺めているだけの磯村くんには、まだそのことが分らないでいたのです。
「こうして眺めている自分は確かにいるし……」「そして、眺めているということで自分は確かに一貫しているし……」
しかし、意味のない一貫性は�メチャクチャ�という言葉でしか表わせないものなのです。
 気がつくと磯村くんは、大学のキャンパスで、竜崎頌子ちゃんとペチャクチャ喋りながら歩いていました。
でもこの文章は、嘘です。
�気がつくと�というのは、一体�誰が・気がつく�のでしょう?
磯村くんはなんにも気がつきませんでした。私達、磯村くんとは関係のない読者と作者だけが気がつくと、広大な公園墓地のような多摩のキャンパスを、つまらないことを喋りながら歩いている磯村くんと竜崎さんの姿を目にすることが出来たという、それだけです。
 磯村くんは、なんにも気がついてはいませんでした。
「ああ、やっと会えた」と思って、同じクラブの竜崎頌子ちゃんと日向《ひなた》ぼっこをしていました。
頌子ちゃんは、十人並のアイドル歌手みたいな、可愛い顔をした女の子で、つまんないことをさも�知っている�ように力説して話す、女子大生です。
どうして磯村くんがこの子に平気で相槌を打っているのか、私達にはよく分りません。
第一部の『無花果少年』からの流れを見て来ると、どう考えても、磯村くんはそういう子ではないのです。磯村くんがここで平気で相槌を打っていられるのなら、それには絶対に何か�裏�があるのです。�下心�とか。
�下心�をもてあまして、磯村くんは何かブツブツ言いながら、その、あんまりブリッ子をしない——ということはあんまりニコニコしない竜崎頌子ちゃんの話を聞いているのでしょうか?
 答は、NOです。
磯村くんは、なんにも考えてはいませんでした。
「僕、なんにも考えてないから平気で頌子ちゃんとも付き合えるんだよね」と磯村くんが言えるなら、ここには隠された言葉があります。それはこうです——「僕、なにも考えてないから平気で(バカな)頌子ちゃんとも付き合えるんだよね」
でも磯村くんは、竜崎頌子ちゃんのことを、ちっともバカだとは思っていませんでした。
「ヘー、こういう喋り方すんのか。あ、そういう風に目ェ動かすのか。ヘー、意外と手の爪小さいんだ。ヘーッ、あ、スカートって、すぐめくれるんだ。彼女、どういう男が好みなんだろ?」
磯村くんはそういうことを考えていたので、磯村くんの頭の中は、別に�ザーッ�と音を立てて流れる白いブラウン管ではありませんでした。
そして磯村くんは、自分がそういう風にして女の子と付き合っているんだなんてことに、決して気がつきはしませんでした。
(私達が)気がつくと、大学から戻って来た磯村くんは、高幡不動の駅前の本屋さんで『写真時代JR』を見て、ズボンの前を膨らませていました。
磯村くんは、後めたさから自由になりたいと思っていましたが、実は、そんな考え方しか出来ない磯村くんには到底分らないようなことだってあったのです。それが何かというと、磯村くんが一番必要としていたのは�後めたさ�などということを決して考えないですむ�だらしなさ�というものだった、ということです。
 磯村くんは、木川田くんという訳の分らない�他人�の存在に追い詰められて、そして追い出されて、平気で、そういう�他人�のいないところではだらしなくなっていられる男の子に、なっていました。
「はァ……」
 隣りに人が来たので、その雑誌売場に立っていた磯村くんは、『写真時代JR』を元に戻して、今度は『写真時代』を手に取りました。「そうか、あんまり僕って、年上っぽいのって好きじゃないんだよな。年上っぽいっていうか、プロっぽいっていうか……。ウーン」
 磯村くんは、そのことにだけは気がついていたのです。
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