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無花果少年と瓜売小僧44

时间: 2020-01-31    进入日语论坛
核心提示:  44 ひょっとして、この世の中から娯楽というものはもうなくなってしまったのでしょうか? ということもあります。それとも
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  44
 ひょっとして、この世の中から娯楽というものはもうなくなってしまったのでしょうか? ということもあります。それともひょっとして、アルコールというのは相変らず、人間にとって最も根源的な娯楽だということなのでしょうか?
どっちかは分りませんがとにかく、スキーに行って金を使い果してしまった西窪くんは、タダ酒を求めてここへやって来ていました。�ここ�というのは、要するに�ここ�です。
西窪くんも�男�ですから。
若くって少年で大学生ですから、そういう人に来てもらうと嬉しいからタダ酒を飲ましてくれちゃう所もあるんです。そうしょっちゅうという訳でもないでしょうが、一回や二回なら大目に見てもらえるというような。
西窪くんだって現代の男の子だから、ちょっとばかし�危険�みたいのがあった方がタバスコ入りのトマトジュースみたいで現代なんです。
まァ、面倒なことはどうでもいいですが、という訳で、西窪くんがゲイバーにいたってちっともおかしくないんです。
という訳で、その横に滝上くんがいたってちっともおかしくはないんです。
新宿二丁目の文化人だかジャーナリストだかがよく来そうなお店に来ていた西窪くんが、好奇心にかられて、その隣りのビルの階段を、滝上くんと一緒に上って行ったって、ちっとも不思議ではありませんでした。
大目に見てもらうことが得意の西窪くんが、融通の利かない滝上くんを連れてそこに入って、そこのママさんが滝上くんに好奇心を持ったなということをすぐに見抜いて、「もう一遍こいつを連れてけばタダ酒が飲めるな」と思って、「うん、いいよ」と平気で言う、�現代青年�に変身してしまった滝上くんを連れてそこら辺を歩いてたって、別になんの変哲も不思議もない、という訳なのです。勿論、そこに木川田くんが現われてしまったって——。
 木川田くんは、そのお店にやって来ました。三月の初めの頃でした。
そのお店は「ケント」とは違って、部屋の真中に大きなテーブルのある、アメリカ風のお店でした。木川田くんは何回かそこに来たことがあったから、フラリと入ったのです。その頃の木川田くんはかなり不思議なパーソナリティーになっていたのですが、それはまた後の話にしましょう。
 木川田くんは初め、分りませんでした。テーブルの真中にライトスタンドが置いてあって、目が馴《な》れなければ、テーブルの向う側が見えないからです。
目が馴れて、木川田くんは愕然としました。隣りにいるのは誰だか分りませんが、とにかく、斜め前にいて隣りの誰かと喋っているのは、滝上くんだったからです。
 暗くボソボソと、見ようによっては、かなり親密な相手とかなり親密な話をしているように見えました。
木川田くんは顔が凍りつくような気がしました。「どうしよう!」と思いました。「どうしよう!」と思いましたが、逃げる訳にはいきません。関係ない人なんだから知らん顔しているのに限ると思ったからです。
 こう言えば木川田くんが冷静だったように見えますがそういう訳ではありません。咄嗟《とつさ》に知らん顔をするしか、木川田くんには思いつけなかったのです。滝上くんの隣りにいる人が西窪くんだと知った時は、もっとショックでした。「僕よりもあんなヤツがいいの」と、悲しい思いで二人の間を睨《にら》みました。睨んだけど、「ああ、関係ないんだ」と思って、そのまんま睨むのをやめました。
「僕が関係なくなった途端、そういう風になるの」と思って、そしたらもっともっと悲しくなりました。まるで、脚が三本しかない四本脚の椅子に坐ってるようです。あっちへ力をかければ、こっちに傾きます。三本脚の内の一本も、やっぱりイカレているようです。
「悲しいっていうことも関係ないことなんだ」って思うことは、木川田くんにはつらいことでした。
悲しい時には悲しいことにのめりこんで行って、それで悲しいことに耐えるのが木川田くんのそれ迄のやり方でしたから、のめりこんで行きそうな、引っくり返って行きそうな自分を自分で支えるのは大変なことでした。
大変なことを辛うじてやって、でもなんの為にそれをやっているんだろうと思うと、心がはち切れそうでした。だってもう、�その人の為にやろう�と思う�その人�は、木川田くんの中にはいないのですから。
�その人�の前で、�その人�が見てくれる訳でもないのに、「自分はなんにも考えてないよ」っていう顔をすることは、最悪でした。
サッサと出て行けばよかったんですが、サッサと出て行くだけのゆとりさえも、木川田くんにはなかったんです。サッサと出て行って、その人がいない所で、「一体何してたんだろう? 一体何してるんだろう?」と考えることはもっと辛いことだと、咄嗟の中で、木川田くんは考えたのです。
�向う�で西窪くんが「アレッ?」という顔をしたみたいです。西窪くんは滝上くんのことを�チョンチョン�と肘で突ついたみたいです。西窪くんが�ニヤッ�とでも笑ってくれたら、まだ木川田くんにとっては幸福だったのかもしれません。でも、大学という大人の世界に一年もいて、十分に世の中に退屈しきってしまった西窪くんは、いつまでもそんな�子供�ではありませんでした。
西窪くんはもう大人で、礼儀正しく、知っている人の顔を探しました。それだけです。
木川田くんは一生懸命真っ直ぐに前を向いていたので、右眼の隅で起っていることがあんまりよくは、分りませんでした。西窪くんに突っつかれた滝上くんがどうしているかなんて。
そろりと、視線をそっちの方に移すと、滝上くんが黙ってこちらを見ているのにぶつかりました。
慌てて知らないふりをして、木川田くんは視線を元に戻して、掌の中でグラスをじっと握りしめていました。アーリー・アメリカン・タイプの四角い縁のついたグラスは、握りしめているのにちょうどいい感じでした。
掌の中でグラスがぬるくなって来て、もう一遍木川田くんは、視線を動かしました。
滝上くんは相変らず前とおんなじ恰好で、でも、自分の方を見ているという訳ではありませんでした。
木川田くんは改めて滝上くんの顔を見て、「ひょっとして先輩は、ズーッと俺の方なんか見てなかったのかもしれない」、と思いました。「きっとそうだ」と思いました。
「きっとそうだったんだ。ズーッと俺のことなんか見てなかったんだ。西窪になんか言われたかもしれないけど�へー�とか思って、ちょっとだけ見て、�なんだ、あんなの�と思って、それで俺のことなんか興味なかったんだ」と思いました。
「もう、ズーッとそうだったんだよな。一年か、もう、二年前ぐらいから」とか、木川田くんは思いました。
自分の、グラスを握っている自分の掌を見つめて、「泣いちゃったらいいのになァ」とか、木川田くんは思いました。
うっかり泣いちゃって、グラスを握りしめている手の間に涙なんか落ちちゃって、でもそれはグラスの濡れたしずくだから誰にも分んないやと思ってると、「どうしたんだい?」っていう声が後でして、振り向くと先輩なんかよりズーッと素敵なズーッと渋い人が立ってて「ずい分辛そうじゃないか?」って言ってくれて、その人が自分の隣りに腰を下して、黙って自分の肩抱いてくれて、黙って、「そんなこと別にどってことないや」って顔して前に坐ってる奴に見せつけてやるの——なんてことを考えていたら、ホントに、木川田くんの目から涙がこぼれて来そうになりました。
「バーカ」と思ったら、�オットットット……�という感じで涙がポロポロポロってこぼれて来て、それでおしまいになりました。
三発ぐらいこぼして、それで、さり気なく目なんか拭いてやったら、絶対に向うだって「悪いことした」って思うだろって、そう思いました。
思って、そこまではうまく行ったのですが、どうすればカターク、カターク握りしめてしまったグラスから手を離して、さり気なく手を目のところに持って行けるのかということになると、木川田くんにはさっぱり分りませんでした。
「どうしよう……」と思ってじっと考えている間に涙は乾いて来てしまって、なんか、顔のそこんとこだけがこわばりそうだから、「あん!」とか思って、木川田くんはコチョコチョッと顔を拭いてしまいました。
顔を拭いてというよりもこすって、木川田くんは、「ふーっ」と大きく息を吐《つ》いて、椅子の背に凭《もた》れかかってしまいました。一人で遊んでると、滝上くんなんか別にいたっていなくたっておんなじだという気になってしまいました。
そして、�ポンポン�と肩を叩かれて振り向くと、滝上くんが立っていて、「久し振りだな」と言いました。
その横に西窪くんが立っていて、「おゥ」と言って、二人はそのまんま出て行ってしまいました。
木川田くんがワナワナと震え出したのは言うまでもありません。
 木川田くんは階段を駆けて行きました。いなかったらいないでもいいやと思って、外に出てキョロキョロ見回しました。
五メートルぐらい先を、渋い恰好をした二人が歩いて行きます。
木川田くんは思い切って追いつきました。
西窪くんが振り返って、西窪くんも立ち止まりました。木川田くんは西窪くんの横に立ちすくんで、「あの」と言ったきり、なんにも言えませんでした。まさか滝上くんの方から立ち止まってくれるなんて、木川田くんには思えなかったからです。
 黙ってつっ立っている木川田くんを見て、滝上くんは西窪くんに「じゃァな」と言いました。木川田くんは黙って足許を見ていたので、何が起ったのかは分りません。滝上くんに「じやァな」と言われた西窪くんは、「ああ……」と言って、歩いて行きました。
 そこにいるのは滝上くんと木川田くんだけです。
滝上くんは黙ってうつむいている木川田くんに「どうしたんだよ?」って言いました——。
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