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無花果少年と瓜売小僧59

时间: 2020-01-31    进入日语论坛
核心提示:  59 大学は無事に始まりました。八王子の山の中ではアチコチに山桜が呆けたように咲いて、春でした。「去年もこんなだったか
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  59
 大学は無事に始まりました。八王子の山の中ではアチコチに山桜が呆けたように咲いて、春でした。「去年もこんなだったかなァ」と、サークル棟の部屋の窓から八王子の山々を見渡して、磯村くんは思いました。「去年もこんなだった気がするし、去年はこんなじゃなかったみたいな気もするしどっちかよく分らないな」と、煙草の煙をくゆらせて、磯村くんは思いました。煙草の煙も白くて紫で、ほとんどぼんやり春でした。
磯村くんは、もう大学をつまらないとは思わなくなっていました。
 実際に磯村くんがそれまで大学をつまらないと思っていたのかどうかはよく分りませんが、磯村くんが「大学なんてつまんないに決ってる」と思っていたことだけは確かでした。「つまんないに決ってるから、せめて�つまんない�って顔をするのだけはやめよう」って思っていたことも確かでした。
でももう磯村くんは、大学生であること以外にやることはなくなっていたのです。「自分のしていることをとにかく、つまらないと思うのはやめよう」、そう磯村くんは思っていました。「こんなつまんないこと!」と思ったが最後、そんなつまんないことにしがみついている自分が惨めになって来るからです。
つまらないということだけをしっかりと心に刻みこんだ磯村くんは、だからもう大学をつまらないとは思わなくなっていました。
「もし、もし……」
そんな磯村くんに木川田くんから電話がかかって来たのは、五月の連休の最終日でした。
連休に同じクラブの竜崎頌子ちゃんと旅行に行っていた磯村くんは、部屋の電話がリーンと鳴った時、すぐに受話器を取りました。夕方の七時過ぎです。部屋には音楽が鳴っていました。
「はい磯村です」
磯村くんが言いました。声の調子は元気でした。
「もし、もし……」
その声の調子はどこかオズオズとしているようで、聞き覚えのある声でした。
「もしもしッ」
磯村くんは言いました。
「木川田じゃないの?」
「そう……」
電話の向うはそう言いました。
「どうしてんのォ!」
磯村くんはそう言って、クルリと体を傾けました。今迄部屋の中心に向けていた体を、流しの方に向けたのです。
磯村くんの後では、壁に凭《もた》れた竜崎頌子ちゃんが煙草をふかしながらデビッド・ボウイーの悲しげな声に耳を傾けていました(ひょっとしたら傾けていなかったのかもしれません)。
 電話の向うでは「え?」という声がしました。
続けて、「怒ってない?」という木川田くんの声がしました。
「怒ってないよう」
磯村くんが言いました。
「心配しちゃったけどサァ」
「ごめんね」
木川田くんが言いました。ホントは磯村くんは「当然だよう」って言いたかったんです(多分)。
「怒ってない?」と訊かれれば怒ってるかもしれないし、でも怒ってないかもしれませんでした。でも、これ以上重っ苦しい雰囲気を、磯村くんは作りたくなかったのです。
昨日まで泊りがけで旅行に行って来て、疲れて帰って来て、それで新宿で食事をして、「来る?」と言って頌子ちゃんを部屋に連れて来た磯村くんは、疲れていました。
頌子ちゃんは、決して磯村くんの目を見ないのです。磯村くんの目を見る時はキスをする時だけです。
キスして唇を離すと、頌子ちゃんは磯村くんの目をマジマジと見ています。
初めは�ポカン�としているんだろうと磯村くんも思いました。でもいつもです。時々は磯村くんも、頌子ちゃんの目の前で視力検査みたいに手を振ってやろうかと思うこともあります。でも頌子ちゃんは、冗談の分らない女の子でした。
磯村くんは、頌子ちゃんに飽きているのではなくて、頌子ちゃんの作り出す退屈な緊張感に飽きていました。
「今どうしてんの?」
磯村くんは言いました。
「今ァ?」
木川田くんが言いました。
「うん」
磯村くんが言いました。
「俺サァ、デザイン学校入ったの」
木川田くんが言いました。
「ホント?」
「うん。洋服の、なんだけどサ」
「ホントォ」
「うん」
「すごいじゃない」
「別にすごくなんかないよ」
「じゃァ、デザイナーになるんだ?」
磯村くんが言いました。
「分んないよ、そんなの」
木川田くんが言いました。少し照れているようでした。
木川田くんが言いました。
「大変なんだ」
「毎日学校行ってるの?」
磯村くんが言いました。
「うん」
木川田くんが答えました。
「ホントはもっと早く電話しようと思ったんだけど」
木川田くんが言いました。
「うん」
磯村くんが答えました。
「なんか、俺、君に悪くってサァ……」
木川田くんは磯村くんのことを�君�と呼びました。
「そんなことないよ」
磯村くんは、そんなことには気がつかないようでした。
「でもサァ」
木川田くんは言いました。
磯村くんの横で、頌子ちゃんは脚を動かしたようです。
「俺、黙って出て来ちゃっただろう」
「もういいじゃない」
磯村くんは言いました。
頌子ちゃんは煙草を灰皿で消しました。灰皿はニッカのノベルティーでした。消してそのまんま手を組んで、坐っています。
頌子ちゃんは、ゆったりとしたフレヤースカートです。
「うん」
木川田くんが言いました。
「俺やっぱり、なんか磯村に一杯言いたいことがあったんだけど、自分がなんか、フラフラしてるとまたロクなことになんないとか思って」
「うん」
磯村くんは言いました。
「だから落着くまで電話出来なかったの」
「落着いたの?」
磯村くんは言いました。
「うん。少しね」
木川田くんは言いました。
「また会わない?」
磯村くんは言いました。
頌子ちゃんは相変らずジッとしていました。
「うん」
木川田くんは言いました。
「今何してたの?」
木川田くんは訊きました。
「今ァ?」
磯村くんは言いました。
「もう御飯食べちゃったァ?」
木川田くんは言いました。
「うん」
「ずい分早いんだね」
木川田くんは言いました。
「今頃だったら飯食ってるかなって思って」
「うん」
磯村くんは言いました。
「旅行行ってたんだよね」
「あ、そう」
木川田くんは言いました。
「うん。だからサ、食べて来ちゃったの」
「あ、ホント」
木川田くんは言いました。
「電気釜、使ってる?」
「うん、時々ね」
電気釜だって、木川田くんは引っ越しの時持って来てたのです。「プレゼント!」と言って。
二人で御飯を炊いて食べたこともありました。木川田くんはそのことを言っていたのです。
「今、友達が来てるんだ」
磯村くんは言いました。
「あ、ホント」
木川田くんは言いました。
「大学のヤツ?」
木川田くんは言いました。
「うん。一緒に旅行行ってた」
「あ、そっかァ」
木川田くんは言いました。
頌子ちゃんは、壁に頭をつけました。
「ねェ、いつか会おうよ。来ない?」
磯村くんは言いました。
木川田くんは、磯村くんの部屋にいるのは女の子じゃないかと思いました。思いましたけどでも、「来ない?」って言ってくれてるんだから「うん」と素直に言いました。
「うん」
木川田くんは言いました。
「いつ暇?」
「大体おんなじ」
磯村くんは言いました。
「あ、そっかァ」
木川田くんは言いました。
「木川田はいつ暇なの?」
磯村くんは言いました。
「ンとねェ、水曜にねェ、課題提出しなくちゃいけないんだよねェ」
「�課題�ってなァにィ?」
磯村くんは言いました。
「スカート縫ってんの」
木川田くんは笑いました。
「あ、ホントォ」
「女みたいね」
木川田くんは言いました。
「そんなことないよ」
磯村くんは言いました。
「俺もう、オカマじゃないよ」
木川田くんは言いました。
「うん。でも僕、初めっからそんな風に思ってないよ」
磯村くんは言いました。
「うん、ありがと」
木川田くんは言いました。道端の、公衆電話の中でした。
「じゃ、いつ来る?」
受話器の向うで磯村くんは言いました。
「水曜日終ったら行く。それでいい?」
木川田くんは言いました。
「うん。いいよ。何時頃?」
磯村くんは言いました。頌子ちゃんは、天井を見ています。
「また電話する、水曜日」
木川田くんは言いました。
「うん」
「大体何時ぐらい戻ってる? 水曜日」
木川田くんは言いました。
「四時ぐらいかなァ」
磯村くんは言いました。
「もうバイトしてないの?」
木川田くんは訊きました。
「うん」
放っとけば、電話はいつまでも続きそうでした。
頌子ちゃんは首を曲げました。
「だったらいいね」
磯村くんが「うん」と言ったので、木川田くんが言いました。「バイトしてないんだったらずっと会えるね」っていう意味です。
磯村くんも「うん」て言いました。「うん」ばっかりだから、木川田くんは、もう潮時だなって思いました。
「じゃ電話する」
木川田くんは言いました。
「うん」
磯村くんの「うん」は明るい「うん!」でした。
「じゃァね」
木川田くんは言いました。
「じゃまた」
頌子ちゃんが待ってると思って、磯村くんは平静になりました。ともかく木川田くんは、�恋人�ではなかったのですから。
 木川田くんは受話器を置いて、道路沿いの公衆電話のボックスから出ました。なんとなく木川田くんにとって、磯村くんは�特別の人�でした。いつも付き合ってる人達とは勝手が違うから、だから、いつもの自分がいて、そのいつもの自分を知ってる家族のいるところから、磯村くんのいるところへ直接の電話をしにくかったのです。
磯村くんは、唯一人、木川田くんの甘えることを許してくれる人でした。
木川田くんは公衆電話を出て「ふゥッ」と大きな伸びをしました。お腹が空いて、早く家に帰って御飯を食べようと思っていました。少なくとも、木川田くんのお母さんは普通のお母さんでしたし、木川田くんのお父さんも、現代にいる普通のお父さんでした。
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