「老後」
というと、女房たちは、なぜか亭主が死んでからのことを考えている。この国の女房たちは、どうやら、
「亭主のほうが先に死ぬ」
とキメているらしい。
「どっこい、そうはいかない」
と気張ったところで、
「だって、統計が証明してるでしょ?」
と、彼女たちは言うだろう。たしかに、この国では女房のほうが長生きしている。
生きているうちは、粗大ゴミだの、産業廃棄物だのと、亭主をバカにしていたのに、イザ死なれてみると、掌《てのひら》を返したように、
「あの人は、ホントにいい人だった」
と言い出す。まさに「在っての厭い無くての偲び」だ。
「どうせそうなるんだから、生きているうちに、もうちょっと優しくしたら、どうだ?」
と言っても、
「生きてるうちは、生きているうち」
と、つれない。とにかく死んでくれないことには「楽しかったことなんか思い出せない」と言うんだから、どうにもならぬ。
そこで、
「死んでから偲ばれたって遅い」
とばかり、勝手なことをしようとするのも、この国の亭主たちの悪いクセだ。そんな亭主だから、粗略に扱われるのだろう。