「捨て耳」
という言葉を知った。シェイクスピア博士の小田島雄志さんが使っていた。
酒場などで、聞くともなしに周囲の話を聞いていると、知人の思いがけない噂を耳にしたりする。辞書には出ていないのでわからないが、聞くともなしに聞いている耳——といったところか。
立ち聞きや盗み聞きとは、ちがう。立ち聞きや盗み聞きには、少なくとも聞こうとする意志があるが、捨て耳にはそれがない。
喋《しやべ》っているほうも、そこに関係者がいるとは思わないから、無責任なものである。いい[#「いい」に傍点]気になって喋りつづける。
「噂をすれば影」
ということわざは、人の噂をすると、その人がたまたま現れることを言う。いかにもバツのわるい話で、だから、
「めったに人の噂などするもんじゃない」
ということになるのだが、捨て耳の場合は当人じゃないだけに、なんとも言えない。
酒場などで交わす人の噂は、じつに楽しい。酒の肴《さかな》にはやわらかいアタリメやタタミイワシも結構だが、人の噂のほうがもっと口に合う。それも、悪口なら最高である。
「呼ぶよりそしれ」
ということわざもある。誰かの悪口を言うと、テキメンにその人が現れる。あれは、テレパシーの一種だろうか。