「屋根屋の褌、見上げたもんだ」
というのは、もちろん、シャレだ。似たような例では、
「蛙の小便、田へしたもんだ(たいしたもんだ)」
というのもある。
これは、
「蛙の小便で、池しゃあしゃあ(いけしゃあしゃあ)」
というふうに言いかえることもできる。いけしゃあしゃあ[#「いけしゃあしゃあ」に傍点]は、憎らしいほどに平気でいるサマである。
ところで、
「蛙の面に小便」
ということわざは、どんなことを言われても、されても、何も感じないでケロッとしていることのたとえだろう。蛙さんにはイイ面の皮だが、蛙そのものの小便ではなくて、蛙の面に小便をかけているところが、ミソだ。
それで、思い出した。
——牛が日向《ひなた》ぼっこしているところへ、ハエが飛んできて角に止まった。たまたま牛がモーと鳴いたら、ハエのやつ「そんなに重たきゃ、おりてやろうか」と嘯《うそぶ》いたそうな。
同じようなことわざに、
「牛(または鹿)の角を蜂が刺す」
というのがあるが、これは、こちらが害を加えようとしても「てんで歯が立たない」といった意味だ。