サラリーマンをやめて十五年近くになる。いわゆる「文筆業」という受注制の家内手工業を職業に選んでしまったばっかりに、
「注文がなかったら、どうしよう?」
と、毎日が不安である。
そのために、多少無理な仕事でも、たとえワリが合わない仕事でも、ニコニコしながら引き受けてしまう。とてもじゃないが、サラリーマン時代には考えられないことだった。
サラリーマン時代は、上役に向かって、できないことは「できない」とハッキリ言うことができた。それがまた、潔いことでもあった。
「すまじきものは宮仕え」
ということわざは、
「うっかりサラリーマンなんぞになろうものなら、上役の命令には従わなければならぬ。上役の機嫌もとらなければならぬ。じつにウットウしいものだ」
といった意味だろうが、上役の命令に従うことで、いや、上役の機嫌をとることで、なにがしかの報酬を得られるんなら、こんなに易しいことはない。サラリーマンをやめた場合は、そのうえに相手が喜ぶような仕事をしなければならないから、辛い。
このことわざには、そんな男たちの怨念がこもっているような気がしてならぬ。つまり、使われる身の切なさばかり強調して、世のサラリーマンたちを自分と同じ境遇にひきずりおろしてやろうというコンタンである。