ルナールの『にんじん』(岸田国士訳、岩波文庫)が好きだ。とくに丈くらべのところが好きだ。
「子供たちは丈くらべをしている」
と、わがジュウル・ルナールは書いている。
「一と目見ただけで、兄貴のフェリックスが文句なしに首から上ほかのものより大きい。しかし、にんじんと姉のエルネスチイヌとは、一方がたかの知れた女の子だのに、これは肩と肩とを並べてみないとわからない。そこで、姉のエルネスチイヌは、爪先で背伸びをする。ところが、にんじんは、狡《ずる》いことをやる。誰にも逆らうまいとして、軽く腰をかがめるのである」
正直な話、子供のころに、はじめてここを読んだときは、それこそ頭から水をぶっかけられたような気持ちだった。学校で、それまで爪先で背伸びをするみたいな生活をしていた自分が恥ずかしくなったのだ。
それにしても、爪先で背伸びをすることを、
「狡いことをやる」
と言うんならイザ知らず、ルナールは、誰にも逆らうまいとして、軽く腰をかがめることを、
「狡いことをやる」
と言っているのである。ホントに驚いた。
ドングリの背くらべは可愛いが、にんじんの背くらべは可愛くない。ドングリの背くらべはどうってこともないが、にんじんの背くらべはコワい。