あの松尾芭蕉に、
あら何ともなきのふは過ぎて河豚《ふぐ》と汁
という句があるそうな。俳聖・芭蕉も、他愛もない句を詠むものである。
まさか「数うちゃ当たる」といった調子で作ったわけじゃあるまい。フグも、ヘタな鉄砲も当たることがあるから、コワい。
うまいフグは食いたいが、毒のことを思うと、手が出ない。それでも食べたいときは「宝クジ、宝クジ」と唱えながら食べると、当たらない——というけれど、これは、あんまりアテにならない。
人生には、ときに右せんか、左せんか、二者択一を迫られることがある。食うのか、食わないのかハッキリしないと�食うか、食われるか�の修羅場はくぐり抜けられない。
フグは、刺身よし、チリよし、雑炊、煮こごりよし。それに、ヒレ酒もまたオツだ。
石田あき子の句に、
河豚を煮て生涯愚妻たらむかな
斎藤始子の句に、
河豚刺のしびれの少し残る唇
山田みづえの句に、
河豚鍋や憎むに足らぬことばかり
そして、小糸源太郎の句に、
ひれ酒にすこしみだれし女かな
フグは、おもしろい魚で、まばたきをするらしい。酔って、乱れて、まばたきして……。
あとは、やっぱり、当たりそう。