舞台には「上手《かみて》、下手《しもて》」というものがある。舞台の向かって右のほうが上手で、左のほうが下手だ。
ある舞台で、二人の大物の男性歌手を競演させることになった。この二人、日ごろから犬猿の仲なので、演出家が大いに気を遣い、同時に登場させようとして「Aは上手、Bは下手」というシナリオをつくって渡したところ、Bが怒って、
「オレのほうがヘタとは、なにごとだ!」
と言った——という話がある。一人が三波春夫さんで、もう一人が村田英雄さんであることはわかっているが、どっちがAで、どっちがBかは、このわたしにはわからない。
「下手の考え休むに似たり」
ということわざを、
「下手な考え休むに似たり」
と言う人がいるが、これは、まちがいだ。前者は「いくら下手な者が考えたところで、休んでいるも同然で、時間の無駄だ」という意味だが、後者だと「いくら上手な人でも、たまには下手な考え方をすることがあって、それは休んでいるも同然だ」というような意味になってしまう。
ときに、わたしの文章を、
「下手な小説より面白い」
と評する人がいる。お世辞のつもりか知らないが、どうせホメるんなら「上手な小説より」と言ってもらいたいものだ。