先輩が、
「悪い女にひっかかっている」
というので、彼は女のところへ行って「別れてくれないか」と、頭を下げたらしい。先輩の細君に頼まれてのことだった。
「いいわよ」
意外にあっさり承諾したので、思わず身を乗り出すと、
「ただし、あなたが代わりに可愛がってくれたら、ね」
でも、彼は先輩や先輩の細君のことを思って、彼女が出した条件を受け入れた。ミイラ取りがミイラになってしまったわけだ。
「木乃伊取りが木乃伊になる」
ということわざは、薬にするためミイラを取りに行ったものの、目的を果たさずに自分もミイラになってしまったことから、
「人を呼び戻しに行った者が、連れ戻すどころか、自分も帰れなくなる」
といった意味や、
「人を説き伏せようとした者が、かえって先方と同じ意見になる」
といった意味に使われている。彼の場合は、もうちょっと始末の悪いことに「先輩の女を奪った」という結果になり、先輩と仲たがいしてしまったそうだ。
先輩のためを思ってやったことが、身を滅ぼすもとになったばかりか、仇《あだ》にもなった。めったなことで、人の恋路はジャマできない。