じつは、東京堂出版の『故事ことわざ辞典』にも、小学館の『故事俗信ことわざ大辞典』にも「持つべきものは友」ということわざは載っていない。載っているのは、
「持つべきものは子」
あるいは、
「持つべきものは女房」
ということわざである。
「女房・子供のありがたさは、持ってみなけりゃわからない」
といった意味であろうが、さて、そういうことなら「持つべきものは親」や「持つべきものは亭主」ということわざも、あったっていいはずだ。それがないのは、親にしろ、亭主にしろ、ありがたいのがアタリマエすぎるから……か。アタリマエすぎて、ちかごろは等閑《なおざり》にされている感じである。
「持つべきものは女房」
ということについて言えば、女房がそんなにありがたいものなら、ホント、あと二、三人は欲しいところだ。そうすれば、女房のありがたさが、もっともっと身にしみてわかることだろう。
なに? 一人の女房でさえ持て余しているのに、あと、二、三人なんて、トンデモナイって! だいいち、身が保《も》たないって!
いやあ、おっしゃる通りだ。女房は、ときに「持つべきではなかった」と思うからこそ、女房にちがいない。