それにしても、男と女のことはわからない。
新聞記者時代、女房がありながら、ヨソの女とデキてしまった同僚がいた。
「きょうこそ別れよう」
と、心に誓って彼女のアパートを訪れる。言い出せないまま何ヵ月か過ぎたが、そのうち、
「いわゆる体の関係さえ結ばなければ、彼女も諦めてくれるのではないか」
ということに気がついた。
ところが、テキもさるもの、ひっかくもの。ある日、彼に向かって、
「赤ちゃんができたらしい」
と訴えたから、堪らない。
「ホ、ホントウか?」
思わず彼女の腹に耳をあてたとたん、
「いわゆる体の関係さえ結ばなければ」
という決意は、すっかり忘れていたそうだ。
覆水盆に返って、元の鞘に収まった例である。
「元の鞘に収まる」
ということわざは、仲たがいした、あるいはいちど別れた男女が、ふたたび元の関係に戻ることだ。べつのことわざに、
「焼けぼっくいには火がつき易《やす》い」
というのもあるが、ま、それに火がついた状態でもあろうか。
かつて馴染《なじ》んだ仲だけに、情の交わりはいっそう濃《こま》やかになる。そうして、彼は、彼女が「赤ちゃんができた」という嘘をついたことさえ愛おしく思いはじめている。