「ダブル・ハット」
という。女の人を後ろから見たらハッとしたので、前にまわってみたら「やっぱりハッとした」というのである。
後ろから見たときの「ハッ」という感覚と前から見たときの「ハッ」という感覚は、ちょっぴりちがう。どうちがうかは、ご自分で考えていただきたい。
——人を暗いところで見たり、遠くから見たり、ものをへだてて見たりすると、実際より美しくみえることがある。とくに女のひとがそうだ。
夜目も遠目も、ものはハッキリ見えない。笠の内からも、ハッキリ見えない。あるいは、笠の内のひともハッキリ見えない。要するに、ハッキリ見えないものは、みんな美しい。
そういえば、
清水《きよみず》へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
と詠んだひとがいる。情熱の歌人・与謝野晶子だが、あのひと、目が悪かったのかしらん——というのは、もちろん冗談だ。
どういうわけか、わたしたちには、すれちがうひとのことを、
「美しくあってもらいたい」
という期待がある。そのために、あれこれ想像を働かせ、実際以上に美しく見てしまう。
それが、いけないのだ。いや、それがあるから、わたしたちは思わぬ恋をしたりする。