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ことわざ雨彦流265

时间: 2020-02-04    进入日语论坛
核心提示:論語読みの論語知らず中学の「漢文」の時間に、「なぜ火の玉を食わなければいけないんだろう?」と首をかしげたのも、遠い思い出
(单词翻译:双击或拖选)
論語読みの論語知らず

中学の「漢文」の時間に、
「なぜ火の玉を食わなければいけないんだろう?」
と首をかしげたのも、遠い思い出だ。例の『論語』の「子|曰《のたまわ》く」というところを「火の玉食う」と聞きちがえていたのである。
『論語』は、孔子の考えを中心に、儒教が説かれている。もちろん道徳の書で、道徳は実践が伴わなければ何もならないが、道徳の書を読んでも実践が伴わない人は多いものだ。
「論語読みの論語知らず」
ということわざは、そこのところを皮肉っている。日本思想史学会会員・田丸武彦さんの『ことわざと人生』(行路社刊)という本には、このことわざの意を体したものとして、
いにしへの道を聞きても唱へても 我が行ひにせずばかひなし
という薩摩聖人・島津忠良の短歌が紹介されている。
それにしても、
※[#歌記号、unicode303d]論語孟子を読んではみたが
酒を飲むなと書いてない
ヨーイヨーイ デッカンショ
と歌ったのは、いつの日か。この「デッカンショ」は「デカルト、カント、ショーペンハウエルのことだ」というから、驚く。
酒は、いい酒を少し飲みたい。酒を飲んで蛮声をあげ、放吟するのは、あまりいい酒を飲んでいない証拠だ。道徳を語る資格はない。
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