どこかで誰かが、この国のエコノミック・アニマルぶりを説明しようとして、ウサギとカメの話を援用《えんよう》していたのが、気になった。ご存じ、ウサギとカメが駆けっこをする話である。
彼は、この話を�日本の昔話�とキメつけたうえで、
「日本は欧米諸国が居眠りをしている間も走りつづけ、先にゴールインしてしまったが、これが�あちらの昔話�だったら、たとえ競争に負けても、カメはウサギを起こして一緒に走ったろう」
という意味のことを書いていたのだ。そうして、
「昔話ひとつとってみても、日本人の性質がわかる。日本人の、こういうセコいところが、世界の人たちから嫌われるのだ」
と、おっしゃる。
読んでいるうちに気がついた人もいるだろうが、この比喩、いかにもマズい。だいたい、ウサギとカメの話は、日本の昔話ではなくて、イソップ寓話だからだ。
したがって、
「これが�あちらの昔話�だったら……」
という、せっかくの設定は死んでしまう。彼が言おうとしていることが身につまされる内容だけに残念だった。
そう言えば、いつかも博覧強記で知られるアナウンサー氏の本を読んでいるうちに、
「鏡よ鏡、鏡さん、この世の中でだれがいちばん美しいか教えておくれと言ったシンデレラの継母の問いかけは、すべての女性の鏡への問いかけではないかと思われます」
という記述をみつけ「あ、彼もやってる!」と跳びあがった。じつをいうと、このわたしも、前に、
〈しかし、女のひとのウヌボレでよく引き合いに出されるのは、例のシンデレラ姫の継母だ。彼女は、毎朝だか毎晩だか、鏡に向かって「鏡よ、鏡よ、この世でいちばん美しいのはだーれ?」と問いかけるのである〉
と書いて、女性たちのヒンシュクを買ったことがあるからだ。
自分で間違えておいて言うのもナンだが、われわれ男性は、えてしてこういうことにヨワい。わたしに注意してくれた数すくない女友達の一人に言わせると、女は白雪姫の母親とシンデレラの母親を取り違えるようなことは、絶対にないそうだ。
「その点、男のひとはイイ加減なのよ、ね?」
嗤《わら》われて、わたしに一言もなかった。ホントにその通りなんだから、仕方がない。
それにしても、こんなふうに間違って引用されたんでは、引用されるほうも、迷惑だろう。恥ずかしながら、
「さぞかし擽《くすぐ》ったかったにちがいない」
と、心の中で謝った。