久しぶりに、
「ケンカを買おう」
という気になった。これだから、飲み屋に女たちを連れていくのは、まずい。
いや、女たちを連れていっても、静かに飲んでいるぶんには、そんなことにはならなかったろう。飲み屋が、たまたまカラオケ・バーで、
「ねえ、踊ろ」
と言われ、踊れもしないのに、踊ったフリなどするから、いけなかったのだ。踊れないと、どうしたってダンスはチーク・ダンスふうになる。
バーの隅で、男ばかりのグループがオダを上げていた。さっきから、そいつらがこっちをイヤな目つきで眺めている。
一曲、二曲……。
バカな話だが、こっちは女のほうが多いのである。一人と踊れば、もう一人——といったぐあいに、相手が変わる。
そのうちに、
「ヨウヨウ!」
とかナンとか叫んでいた男ばかりのグループの一人が、
「俺にも踊らせろ」
と割り込んできた。
「いや」
トーゼンのことながら、こっちの女たちは断る。それが、
「気に入らない」
というので、男が女に手をかけたから、わたしは、
「何をするんだ!」
と、イキがってみせたのだ。
いつもなら、
「まあ、まあ」
とかナンとか言って、踊るのをやめてしまうわたしだが、その夜は、
「たまには、やってやるか」
という気になっていた。これでも新聞記者だったから、ケンカはそんなにヘタじゃない。
ただし、どんなことがあっても、相手より先に手を出すことはない。まず相手に手を出させて、それからである。まちがって、相手の一発で倒れてしまうことだってあるかもしれないが、ま、これまでも、なんとか躱《かわ》してきた。
ところが、
「何をするんだ!」
という声を耳にしたとたんに、相手が引っ込んじゃったから、面白くない。彼は仲間がいる席へ戻って、
「ああでもない、こうでもない」
と言い出した。それこそ、向こうも、こっちが先に手を出すのを待ちかねている風情である。
それで、こっちは相手の席へ出かけていって、
「汚ねえぞ、貴様ら」
と言うハメになる。不思議なもので、しだいにこっちがケンカを売ってるような気分になってきた。
その日、わたしが、
「ケンカを買ってやろう」
という気になったのは、前にも彼女たちと飲んでいたとき、彼女たちが酔っぱらいにからかわれていたのを気づかなかったばっかりに、
「黙って見過ごした」
と、責められたことがあるからだ。あのとき、彼女たちは、このわたしのことを卑怯者呼ばわりし、
「知らなかったんだ」
という、わたしの言いわけなんかに耳を貸そうともしなかった。
それだけに、
「いつかチャンスが来たら……」
という気が、わたしには、あった。そのチャンスにぶつかったのだ。わたしに、黙っていられるわけがない。
ところが、
「やめて!」
彼女たちは、こんどは、わたしの袖を引っ張った。言っちゃナンだが、袖を引っ張られちゃ、ケンカなんてできっこない。
それにしても、あいつらは、バカなことを言ったものである。あいつらは苦りきったような顔をし、いちばん奥に坐っている男たちを指さして、
「この人たちを誰だと思ってんだ?」
と、威張りくさったのだ。
「知ってるか、そんな奴ら」
こっちの言葉に、あいつらは某公立大学の名を挙げ、
「そこのお歴々だぞ」
という。
さあ、こっちは嬉しくなっちゃった。ウソかホントかしらないが、
「××大学なんてクソクラエだ!」
ここで、
「われながら困った男だな」
と思うのは、わたくし、カウンターに坐っていたアベックのほうの、若い女性の視線が気になりはじめていたことだ。彼女が気になって気になって、わたくし、自分が女たちを連れていたこともすっかり忘れ、アベックのほうの男性が立ち上がったスキに、ひょいと彼女の隣に坐って、
「ゴメンナサイ、騒がせて……」
と謝っちゃった。
「いいえェ、そんなことより、お名前を教えて……」
そこへ、彼が戻ってきたから、わたくし、慌てて、
「さ、帰ろう」
みんなに呼びかけた。あとに残ったのは、件《くだん》の�××大学のお歴々�とか称するバカばかり。
「あいつら、どんな気分で飲みつづけたろうか?」
と思うと、ちょっぴり同情も湧いてきた。