ことしは、九月の末に上海ガニを食べた。例年に比べると、半月以上も早い。香港経由だそうだが、文字どおりの初物である。
上海ガニは、ご存じのように、揚子江の河口でとれる。海水と淡水の入りまじったところで育つせいか、脂がのっていて、うまい。
拳ほどの大きさのカニは、一匹ずつ脚をしばられ、生きたまま空輸されてくる。そのヒモをほどき、茹でて食べるのだ。
某日の午後、遊び仲間を誘って、横浜の中華街にある呂行雄くんの店へ出かけた。呂くんは、わたしの自慢の友人である。
ここで余談を許してもらうなら、わたしが卒業した横浜の公立高校では、ひところ、入学試験に通りさえすれば、国籍など問わなかった。そんな関係で、わたしの後輩には何人かの中国人がいるが、わが呂くんは彼らの幼馴染みなのだ。
「友達の友達は、みな友達だ」
というので、トーゼンのことながら、中華料理店の若いオヤジである呂くんも、わたしの友人となった。家族はもちろん、わたしの遊び仲間たちも、多かれ少なかれ、彼の恩恵を蒙っている。
「こんにちは」
あの日、フラリと店の扉をあけたわたしをみて、
「どうして、わかったんですか」
おおげさに言うと、呂くんの顔色が変わった。
「なにが?」
「なにがって、きょう、カニの入ったことが……ですヨ」
「なに?」
「ナニじゃない、カニ」
「もう、カニが入ったのか!」
思わず大声を上げたわたしに、
「あれ?」
呂くんは呆れて、
「なんだ、知らなかったのか! だったら、言うんじゃなかった」
口こそ悪いが、目は笑っていた。そうして、
「最初の最初だから、ホントは誰に食べてもらおうか、迷っていたんですよ」
それこそ電話をかけようか——と思っていたところへ、わたしが現れたもんだから、彼もビックリしたらしい。
「これも、縁ですね」
待つことしばし。茹であがったカニの殻をこじあけ、中のミソをすすり、脚やツメを噛み、吸い、しゃぶる。とてもじゃないが、恋人にはみせられない姿だ。
みんなして、カニ食いザルさながらに、さんざしゃぶったあと、甲羅を杯代わりに老酒を飲む。これがまた、なんとも言えない味である。
いいかげん堪能したところで、
「初物を食べたら�西を向いて笑え�っていう諺、知っていますか? そうすると、寿命が伸びるそうですけど……」
呂くんに言われて、
「それ、東を向いて笑うんじゃなかったかなあ」
仲間に訊くと、
「東だ」
「いや、西だ」
出身地によって二派に分かれた。どうやら東日本では東を、西日本では西を向くみたいだが、ハッキリしたことは、わからない。
諺ひとつにも、東と西があるのだろうか?