なぜか、この国では、
「サーストンの三原則」
と呼ばれているそうな。奇術をやるうえでの一般的な注意事項である。
すなわち——
1 これからどんな奇術をやるかということを前もって観客に説明してはならない
2 同じ奇術を同じ場所で二度くり返してはならない
3 けっして奇術のタネを観客に明かしてはならない
こういう文章をみつけると、すぐに「奇術」を「減税」に、また「観客」を「国民」に置き換えてみたくなるのが、わたしの悪いクセだ。このわたしは、どうも「奇術師」と「政治家」とを混同しているようである。
ところで、サーストンはアメリカが生んだ偉大な奇術師だが、斯道《しどう》の研究家である松田道弘さんに言わせると、
「この奇術三原則、ハワード・サーストンの著作の中にはない」
ということだ。どうやら「サーストンの三原則」なるもの、この国の政治家たちの、いや、この国の奇術師たちの、勝手な思い込みらしい。
それは、まあ、さておき、ウィリアム・ゴールドマンの小説『マジック』(沢川進訳、早川書房)には、
「これだけは覚えておくんだよ」
と、老奇術師が主人公に語って聞かせる話がある。それは、ある俳優の話で、
「彼、ナイフを壁に投げつける場面で、ナイフがうまく突きささると�オレは町中でいちばんのナイフ投げの名人だ�と言い、もしうまくいかなかったときは、このセリフを�オレは町でいちばんのナイフ投げの名人だった�と言い換えた」
というのだ。
言っちゃナンだが、これこそ、プレイボーイが女の子を口説き落としたときのセリフではあるまいか? ホーント、うまくいった場合は、
「オレは、町中でいちばんのテクニシャンだ」
と自分に言い聞かせ、うまくいかなかった場合は、
「オレは、町でいちばんのテクニシャンだった」
と、自分自身に言い聞かせるのである。