いまでこそ日本語だが、
「バードウォッチング」
という英語を、わたしが最初にみつけたのは、新聞記者時代、あの吉展《よしのぶ》ちゃん事件を取材していたときだった。一九六三年(昭和三十八年)のことである。
吉展ちゃん事件を追いかけているうちに、わたしは、世界の誘拐《ゆうかい》事件をまとめることを思いたち、リンドバーグ事件、プジョー事件などの記録を漁《あさ》りはじめた。そのとき、一九二四年(大正十三年)に、アメリカはシカゴで、ローブ=レオポルド事件と呼ばれる誘拐事件があったことを知り、いろいろと資料を取り寄せたのだった。
ローブ=レオポルド事件は、当時十八歳だったリチャード・A・ローブ少年と十九歳になったばかりのネイサン・F・レオポルド少年の二人が、
「なにか面白いことないか」
というので、ローブの弟の同級生を誘拐して殺し、身代金を請求した事件だ。のちに彼らは「ただ完全犯罪をやってみたかっただけ」と、警察に動機を述べている。
郊外の沼に捨てられてあった死体の傍《そば》に、レオポルドの眼鏡が落ちていたことが「二人の犯罪ではないか」と疑われるキッカケだった。そのとき、警察官に
「沼で何をしていた?」
と問いつめられ、レオポルドが答えたセリフが、
「ボクは、バードウォッチングをしていた」
という言葉である。
さあ、バードウォッチングがわからない。辛うじて、「探鳥」という日本語を拾い出したが、もうひとつ、ピンとこない。
そこで、わたしは、
「ボクは、これでもアマチュアの鳥類学者なんだ」
というふうにつけ加えたことを覚えている。苦心の訳だった。
採らず
殺さず
持ち帰らず
というのが、バードウォッチングの三原則だろう。非核三原則の「作らず、持たず、持ち込まず」ではないが、
「なにか面白いことないか」
といった調子で、この約束を破られては困る。