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男の日曜日45

时间: 2020-02-07    进入日语论坛
核心提示:ジョギング人生昔は、「ナニカになりたい」と思っていて、「そのナニカになれなかったので、仕方がなくて、サラリーマンになった
(单词翻译:双击或拖选)
ジョギング人生

昔は、
「ナニカになりたい」
と思っていて、
「そのナニカになれなかったので、仕方がなくて、サラリーマンになった」
とボヤく奴がいた。ナニカとは、たとえば俳優とか、小説家とか、そういう類いのことである。
そういう奴らに会うたびに、サラリーマンになりたくてサラリーマンになったわたしなどは、なんとなくバカにされたような気がして、
「ふざけんな」
と、怒鳴っていたものだ。
「ナニカになりたかったんなら、石にかじりついても、そのナニカになればいいじゃないか。かりにナニカになりたかったことがホントウでも、ナニカになれなかったことは恥ずかしいことなんだから、サラリーマンになった以上は、そんなこと黙ってろ」
しかし、そういうふうにしてサラリーマンになった奴らには、どこか夢みるようなところがあった。子供みたいに、
「いつかチャンスがあったら、この場を脱け出そう」
といった気概みたいなものがあった。
「そのためには、ヘタな失敗はできない。サラリーマン社会に通用しないような人間が、どうして、俳優とか、小説家とかいった世界で通用することができようぞ!」
だが、いまは、
「ナニカになりたい」
と思っていて、
「そのナニカになれなかったので、仕方がなくて、サラリーマンになった」
と言うような奴は、いない。さりとて、このわたしみたいに、
「オレは、サラリーマンになりたくて、サラリーマンになった」
と言うような奴もいない。
このあいだも、この春にサラリーマンになる人、サラリーマン二年生になる人、サラリーマン三年生になる人を相手に、
「きみは、なぜサラリーマンになろうと思ったの?」
と訊《き》いたら、みんなキョトンとして、
「どうして、そんなこと訊くんですか」
といった風情だった。若い彼らにしてみると、
「サラリーマンになるのは、生まれたときから決まっているようなもので、なぜサラリーマンになろうとしたのか——ナンテ、考えたこともなかった」
ということなのだろう。
したがって、
「サラリーマン以外のナニカになりたい」
といったことなど考えてみたこともないらしくて、
「そういうことは、自分たちにカンケイのないことだ」
というのである。したがって、サラリーマンになってからは、
「そこから脱け出したい」
と思ったことなど、考えてもみなかったそうだ。
さて、そういうことになると、
「昔みたいにナニカになりたくてサラリーマンになった奴のほうが見所みたいなものがあったかなあ」
と考えてしまうところが、わたしの悪いクセである。すくなくとも彼らには、
「ここから脱け出したい」
という願いのようなものがあって、そいつが人生のバネになっていた。
ところが、いまの連中には、そのバネもない。バネがないから、現実にサラリーマンになっても、
「出世しよう」
といった意欲など、これっぽっちもない。
だいたい、彼らは、競争が嫌いらしいのである。横断歩道ひとつ渡るにも、
「赤信号、みんなで渡ればコワくない」
とかナントか言っちゃって、みんなで渡ろうとする。仕事も、遊びも、ホント、おんなじことである。
早い話が、
「駆けっこなんて、マッピラ」
といった按配だろうか? マラソンも、道中抜いたり、抜かれたりしなければならないから、イヤなんだそうだ。
そんなわけで
「ジョギングなら……」
といったら、ニコニコしていた。あれなら、べつに抜いたり、抜かれたりしなくて済むし、かりに、抜いたり、抜かれたりしたところで、腹も立たない。
されば、
「ちかごろ、ジョギングが流行《はや》っている」
というのも、わかるような気がするのである。ありゃあ、女のスポーツだ。
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