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男の日曜日75

时间: 2020-02-07    进入日语论坛
核心提示:大学亡国論大学本来ならば、学術の研究および教育の最高機関である。大学生は、そこの学生だ。しかし、いまどきの大学生で、自分
(单词翻译:双击或拖选)
大学亡国論

大学——
本来ならば、学術の研究および教育の最高機関である。大学生は、そこの学生だ。
しかし、いまどきの大学生で、自分の大学のことを、
「最高学府だ」
と思っている人間が、どれくらいいるだろう? だいたいが、大学のことを、
「学問をする場所だ」
と心得ている者が、幾人いるか?
おおかたの学生たちが、
「大学は、遊ぶところ」
と考えているのではないだろうか? あるいは、
「就職を世話してくれるところ」
と考えているようである。
わたし自身は、ひところ、教育産業の末端にいて、
「大学受験年鑑」
「全国大学内容案内」
といった電話帳みたいな本をつくっていたことがあるから言うわけじゃないが、ちいちゃいときから、
「進学、進学」
と、ムチ打たれてきた当世のガキたちは、大学に入ったとたんに、大学入学を人生のゴールかなんかとまちがえて、一息ついてしまうのである。ひどいのになると、合格発表の日に、それまで世話になってきた学習参考書やら単語帳やらを投げ捨ててしまって、見向きもしない。
そうして、
「さあ、遊ぶぞ」
と、大声を挙げたりするのである。が、進学、進学に追われて、ロクな遊びを知らないから、つい男と女のことに走ったりしてしまう。
なにしろ、
「本を読めよ。本は、中学時代とか高校時代とか、若いうちじゃないと、読めないゾ」
と忠告したら、ナマイキに、
「忙しくて、本なんか読んでいるヒマはない」
と答えてきた連中である。なんに忙しいのか——というと、受験勉強に忙しいんだそうだ。
そいつらが、過去何年か遊ばなかったぶんを、
「いっぺんに遊んでやろう」
といった調子で、遊びまくる。いや、遊びまくろうとしても、すでに遊ぶ能力さえ失われているようなので、ただもう、ボンヤリしている。
そして、三年になれば、
「あ、就職の準備だ」
というわけである。大学が就職の下請け機関に成り果てた証拠には、各大学に就職課やら厚生課やらがあって、
「求人は……」
「求職は……」
といったことにウツツを抜かし、
「いかに卒業生を就職させたか」
ということが、その大学に対する評価となっている。
それも、大学自身が進路指導をしたり、就職先を斡旋《あつせん》してくれたりするところは、まだいい。腐るほどある大学の、腐るほどある就職課の職員たちが、いや、職員だけではなく教授たちもが、まず大学生に向かって言うセリフは、
「コネは?」
というコトバらしい。で、結局、オヤジが息子や娘に、
「どこかコネがない?」
とネダられ、
「ない」
といえば、
「しょうがねえなあ」
と、うそぶかれる。
言っちゃナンだが、これが、新聞やテレビで「明るい見通し」と報じられている就職戦線とやらの実情なのだ。いっぽうでは「職場のワクが広がった」といい、いっぽうでは「青田買いが定着した」といわれるのも、このせいだろう。大学の就職課の職員が、大学生に、
「どこでもイイというんなら……」
といって脅す(?)のは、ここだ。正直な話、就職するのにどこでもイイなら、なぜ大学へ行くのか? なぜ大学に就職課があるのか?
昔は、たとえば、いいかわるいかは別として、セールスの仕事は大学を出た者がやることではなかった。いまは、大学を出た者も、やる。それだけ、セールスの仕事の質が向上したのか? それとも、大学の格が下がったのか? さあ、どっちだろう?
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