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ネコの住所録37

时间: 2020-02-08    进入日语论坛
核心提示:運 だ め し今から十五年くらい前のことになるが、あるとき私はバス停で、バスが来るのを待っていた。停留所には五、六人が並ん
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運 だ め し

今から十五年くらい前のことになるが、あるとき私はバス停で、バスが来るのを待っていた。停留所には五、六人が並んでいた。平日の午後ということもあり、お婆さん、幼い子供を連れた若い母親。塾に行くらしい小学生。私の前には同年輩とおぼしき、私の嫌いなタイプの女の子が立っていた。フランス語のテキストをこれ見よがしに抱え、香水の匂いをプンプンさせている。男性が通るとじっと見つめ、自分に視線がむけられると、長い髪をかきあげたりする。何をするにも、いちいちかっこをつけるのだ。次に彼女は横目でジーンズにセーター姿の私を、頭のてっぺんから足の先までじろっと眺めまわしたあと、まるで「何よ、この人の汚い格好」といわんばかりの態度で、つーんと横をむいた。
(嫌な女)
と思いながら、彼女を観察していると、バスが来ないので、いらついたのか、ハンドバッグのなかから、メンソール煙草を取りだして吸い始めた。そしてしばらくすると、足元に落として、ハイヒールでもみ消し、
「あーあ」
と小声でいいながら、また髪をかきあげた。そして次にはバッグからヘア・ブラシを取りだし、周囲に人がいるのもかまわず、鼻唄をうたいながら、長い髪をブラッシングし始めたのである。ブラシにからみついた毛を、むんずとつかんでは、平気でそこいらへんにすてる。まるで自分の家の風呂場にいるような振るまいなのである。私は両方の手でにぎり拳《こぶし》をつくりながら、むかつくこの女を眺めていた。
そのときである。私の耳に「びちっ」という短く、鋭い音が聞こえてきた。そのとたん、「わっ」という声と共に、隣の女がしゃがんだ。思わず声のする方を見ると、彼女の脳天に、見事に鳥のフンが命中していた。鼻唄まじりで髪の毛をきれいにブラッシングした直後に、鳥が脱糞。拍手したくなるような、すばらしいタイミングであった。おまけにバス停にいる、お婆さんでもなく、子供を連れた母親でもなく、小学生でもなく、ましてやこの私でもなく、この高慢ちきそうな女の脳天に命中したというのは、まるで絵に描いたように、私にとってはうれしい出来事だったのである。
「やだーん」
彼女はそういいながら、あわててハンドバッグから、ティッシュ・ペーパーとコンパクトを出した。必死に髪の毛を拭けば拭くほど、長い髪にフンはどんどん絡みついていき、どろどろのとんでもない状態になっていった。
「本当にもう、なにさ、頭にきちゃう」
彼女はぶつぶついいながら、汚れた脳天を見ようと、コンパクトの鏡の角度を調節しながら、上目づかいでのぞきこんでいた。私は腹のなかで、
(運がいいとか、悪いとかって、こういうことなのね)
と納得していた。何人かが並んでいるなかで、彼女だけが標的になった。もしも彼女が感じの悪い女でなければ、私も手伝ってフン落としに協力するのも、やぶさかではなかったが、全然、手を貸す気にならなかったので、しらんぷりをしていた。あわてふためく彼女の姿を眺めながら、私は溜飲《りゆういん》をさげていたのである。
このように、私は隣にいる人がフン爆弾を落とされることはあっても、この自分が被害を受けることなどなかった。頭上に鳥がたくさんいる下を歩いていても、脳天に脱糞されることはなかった。運のいい女だと自負していたのである。ところがついこの間、私は生まれて初めて、鳥のフン爆弾を受けてしまった。駅前に買い物に行こうと、住宅地を歩いていたら、建て替えをしている家の前にトラックが駐車されていた。狭い通りなので、トラックが道幅のほとんどをふさいでいて、ふと見上げたら、頭上の電線に鳩くらいの大きさの鳥が一羽、とまっていた。
「運の悪い人は、こういうときに、脳天にフンが命中したりするのよね」
とつぶやきながら、何ごともなくトラックの横を通り過ぎ、駅にむかって歩いていった。
それから五分くらいたって、何気なく着ていた革のコートの左袖を見たとたん、私はくらっとした。何とそこには、想像していたよりもずっと量の多い、まるで細かいおがくずを水で練ったような形状の鳥のフンが付着していた。さっき鳥の下を通ったときに、あいつは音もなく脱糞しやがったのである。
「ひえーっ」
私はあわてて人通りのない路地に入り、ポケットからティッシュ・ペーパーを出して、フン爆弾を拭いた。拭いても拭いてもたんまりあった。どうにかこうにかフンを拭き終わった後、むらむらとこみあげてきたのは、情けなさと怒りであった。もちろん、
「どうして、私がこんな目に」
という怒りである。まして私は今まで「運だけはいい女」とみんなにいわれ続けてきた。それなのに新年早々、こんなことになってまるで自分が運の悪い女になってしまったみたいだ。情けなさと怒りがごっちゃになって、気づいたら私は、意味もなく怒りながら道路を走っていたのだった。
たどりついた先は、私の友だちがパートタイムで働いている、駅前のブティックだった。彼女は昨年、脳天に脱糞された経験がある。それも美容院から出て来た直後だった。その話を聞いた私は、おかしさをこらえて、
「そういう目にあうと、ウンがつくっていうから、いいんだってさ」
と口からでまかせをいって、慰めたのだ。でまかせをいったのは私なのに、彼女に私は同じことをいってもらいたかった。これは脱糞された者同士でなければわからない、微妙な心理である。やさしい彼女は、
「この間いっていたとおり、きっと運がつくのよ」
と慰めてくれた。脳天よりまだコートの袖でよかった、やっぱり運がいいともいってくれた。私の革のコートの袖には、フンのしみが残ったままである。本当にこれが厄落としになって、運がつくかどうか、私はあのときのことを思い出して静かに怒りながら、この一年の動向を見守ろうとしている。
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