昼間、近道をするために、風俗関係の店が密集している地区を歩くことがある。ほとんど人通りがないので静かだし、時間の短縮にも役に立つ。多少、ごみが散らばっているのを我慢すれば、まるで映画のセットのなかに迷いこんだみたいで、なかなか楽しいものなのだ。先日も、用事があって急いでいたので、その場所を通った。冬場にしては珍しく暖かい日だったのだが、そこの路地を歩いていると、そこは猫の天下になっていたのである。
銭湯の前には毛色の違う、お友だちらしい老いた猫が二匹、あおむけになって並んで寝ていた。腹にさんさんと陽を浴びて、まるで、
「極楽だねえ」
「本当にそうだねえ」
といっているかのようである。私がぼーっと彼らの姿を眺めていても、全くおかまいなし。ただひたすら日光浴の気持ちいい世界に、ひたりきっているのだった。
キャバレーの前では、赤い布切れを首につけてもらったぶちの猫が、お椀に入れてもらったキャット・フードを、ばりばりとかじっていた。私が通ってもおびえる気配もなく、ただお椀のなかに顔を埋めて、食事に専念していた。ファッション・ヘルスの横では、親子の猫が遊んでいる。子猫が異様に元気で、助走をつけては母猫に何度もとびついたりする。そのたびに座っている母猫は、「いてて」というふうに、顔をしかめるのだが、子猫を怒ることもせずに、長い尻尾をくるくるまわしては、子猫をじゃらしているのであった。
だいたい私は猫の姿を見ると、「こんにちは」と声をかけたくなるのだが、ここにいる猫たちには声をかけられなかった。明らかに私は彼らにとっては、お邪魔な存在だったからだ。きっと夜になったら、彼らは風俗関係のおねえさんたちや、客の男性たちに居場所をとられて、どこか建物のすきまや隅っこで、ひっそりと暮らしているのだろう。いくら動物が好きでも、めったやたらとかまうのは、相手にとっても迷惑なはずだ。私は最近になってやっと、そういう事がわかるようになった。これも動物たちのおかげである。この本を読んで、動物っていいなと思ってもらえたら、これ以上、うれしいことはありません。