「忍者武芸帳」の最終巻を読んだ翌月、いつものように弟をつれて床屋にいくと、もう私が興味をもって読むものがなに一つなくなっていた。床屋のおじさんが雑誌や漫画の新しい号を買うのをやめてしまったからだ。私はとてもガッカリして、前によんだドクトルチエコ先生の「毛が生えない女子高校生に対する回答」を仕方なく読んでいた。床屋のおじさんはそういう私の姿をみても何もいわずに革のベルトのようなものでカミソリをといだり、泡をブクブクたててヒゲを剃ったりしていた。そんなこんなで床屋にいく気もうせていたとき、弟は突然頭をボリボリと掻《か》きながら、
「おねえちゃん、ボク今度から一人で床屋にいくからいいよ」
といった。私はびっくりした。
「えー、どうして」
「だってボク来年から一年生だからさ。一人でいけるからいいよ」
と冷たくいい放つのであった。
「くそ、昔かばってやった恩も忘れおってよくも……」
弟にすれば、いつまでも姉がぴったりそばにくっついていたのではカッコ悪いと思ったのであろう。しかしその時はただ、
「ふーん」
と答えておいた。何されてももう知らないからな、と思っていた。それから弟はトコトコ一人で駅前の床屋に歩いていった。最初のころは心配で自転車に乗ってつかず離れず尾行していくと、トロいはずの弟がそれに気がつき、ふりかえってキッ! とこっちをにらむのだった。私はそこに止まり、上目づかいでじーっと弟の顔をみていた。しばらくするとまた弟は歩き出した。私がついていこうとすると弟は前を向いたまま手でシッシッと私のことを追いやるのだった。今まで私の横にぴったりくっついていた弟にそういう態度をされるのは誠に悲しいことだった。私はガッカリして帰った。母親は私の姿をみて、
「ワハハ、弟にフラれたんだろう」
といった。私は黙って母親のお尻に向かってストレートを一発くらわせた。
それから弟は外に出ると何度も何度も私の手下どもにおっかけられたりドブにつきおとされたりしたが、そのたんびに必死で目をつり上げ涙をこらえて走って帰ってきた。そのうちどういうわけか弟はその手下どもと仲良くなり、一緒に遊ぶようになった。私はまた仲間はずれになった。それからは一人でビニールの刀をふりまわし、忍者武芸帳ごっこをしてウサ晴らしをしていたのである。
「おねえちゃん、ボク今度から一人で床屋にいくからいいよ」
といった。私はびっくりした。
「えー、どうして」
「だってボク来年から一年生だからさ。一人でいけるからいいよ」
と冷たくいい放つのであった。
「くそ、昔かばってやった恩も忘れおってよくも……」
弟にすれば、いつまでも姉がぴったりそばにくっついていたのではカッコ悪いと思ったのであろう。しかしその時はただ、
「ふーん」
と答えておいた。何されてももう知らないからな、と思っていた。それから弟はトコトコ一人で駅前の床屋に歩いていった。最初のころは心配で自転車に乗ってつかず離れず尾行していくと、トロいはずの弟がそれに気がつき、ふりかえってキッ! とこっちをにらむのだった。私はそこに止まり、上目づかいでじーっと弟の顔をみていた。しばらくするとまた弟は歩き出した。私がついていこうとすると弟は前を向いたまま手でシッシッと私のことを追いやるのだった。今まで私の横にぴったりくっついていた弟にそういう態度をされるのは誠に悲しいことだった。私はガッカリして帰った。母親は私の姿をみて、
「ワハハ、弟にフラれたんだろう」
といった。私は黙って母親のお尻に向かってストレートを一発くらわせた。
それから弟は外に出ると何度も何度も私の手下どもにおっかけられたりドブにつきおとされたりしたが、そのたんびに必死で目をつり上げ涙をこらえて走って帰ってきた。そのうちどういうわけか弟はその手下どもと仲良くなり、一緒に遊ぶようになった。私はまた仲間はずれになった。それからは一人でビニールの刀をふりまわし、忍者武芸帳ごっこをしてウサ晴らしをしていたのである。