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撫で肩ときどき怒り肩17

时间: 2020-02-08    进入日语论坛
核心提示:「昼下がりのジョージ」って何だ?私が子供のころ、夫婦喧嘩をした翌日、母親は必ず雨降りでない限り布団を干し、タンスから衣類
(单词翻译:双击或拖选)
「昼下がりのジョージ」って何だ?

私が子供のころ、夫婦喧嘩をした翌日、母親は必ず雨降りでない限り布団を干し、タンスから衣類をひっぱり出してアイロンかけをはじめた。ランドセルをカタカタいわせて家に帰ると彼女は太モモのような右手で竹製のフトン叩きを握りしめ、バンバンと布団を叩いていた。いつまでもいつまでも叩いていた。アイロンかけも両手でアイロンの柄を握り、ぎゅうぎゅうと押しつけていた。私はランドセルを背負ったままじっとそれをみていた。
「おなかすいたよ」
といってみた。無視された。アイロンがかかりすぎて、角がピンピンにそりかえっているにもかかわらず、小さなハンカチに向かって何度も何度もアイロンをかけていた。
「ねー、おなかすいたよお」
足をバタバタさせながらいうと、彼女はうるさそうに、
「もうちょっと待てないの、あんたは」
といった。
「やだあ、待てないよお」
とわめくと、突如彼女はアイロンを右手に立ち上がり、何と私をおっかけ回しはじめたのであった。私は仰天して恐怖におののき、失神しそうになってしまった。部屋の隅っこに私をおいつめた母親は急にカッハッハと笑って、
「あー、すっきりした」
といった。私もホッとして一緒になって情けない声でカハハと笑った。しばらくだまっていた母親はポツッと、
「あたし、ひるさがりのじょうじ、観たいのよね」
といった。
「ふーん」
そう答えたものの当時の私がそのことばがいったい何をさし、何を意味するか知るはずもなかった。が、私の知っている限り、毎日黙々と洗濯物を洗い、薄暗い台所の片すみでヌカミソをかきまわし、夜は夜でガタガタとミシンをふんでいる母親が「〇〇したい」などというのを耳にしたのははじめてだったので何かとてもうれしかった。私は私なりに勝手にジョージという名前の人が出てくる映画だろうと解釈していた。�ひるさがりのじょうじ�という言葉がいつまでたってもずっと耳に残っていたのである。近所のおばさんに、
「おかあさん元気?」
などときかれると私は無邪気に答えていた。
「うん。うちのおかあさん、ひるさがりのじょうじにいきたいっていってた」
「えっ、ホント?」
「ホントだよ」
おばさんはギョッとしていった。
「あまりこういうことは、よその人にいわないほうがいいよ」
「どうして?」
「えっ、ど、どうしてって、ねえ、……」
うろたえたおばさんはそそくさと帰ってしまった。私は不思議でたまらなかった。大人たちに�ひるさがりのじょうじ�といったら皆一瞬ギョッとするからであった。
ある日、私は夕食のときに好物の厚焼き卵をほおばりながら気になっていたことをきいた。
「ねえ、ひるさがりのじょうじってどういうこと」
すると父親はムッとした顔をして、
「何でそんなことば知ってるんだ」
といった。
「だってこのあいだ、おかあさんがいってたもん」
「いえ、私はね、ただたまには映画くらい観たいなあと思っていったのよ」
と母親が口をはさんだ。それをきいて突然父親は、
「人妻が『昼下りの情事』などという映画を観たいなどというのは誠に不謹慎である。それをまた子供の前でいうとは何事か」
と怒り出した。
「何よ、たかが映画くらい、このケチ!」
この反撃でまた毎度おなじみの四畳半必殺夫婦喧嘩大会がはじまった。私は子供心にもう�ひるさがりのじょうじ�ということばは絶対口にするまいと決めた。
この�ひるさがりのじょうじ�=「昼下りの情事」であること、ビリー・ワイルダー監督、オードリー・ヘップバーン主演ということを知ったのは中学に入ったときだった。私はなんだかおかしくなってゲラゲラ笑ってしまった。本当に母親はこの映画を観たかったのか、ただタイトルにあこがれていたのか私にはわからないが、正直いって、「いい歳してかわいいじゃないの」という感想だった。
あれから十五年、離婚して今は自由になった母親が未《いま》だに「昼下りの情事」を観たいと思っているのか、ちょっときいてみたい気もしているのである。
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