外で見知らぬ人に、唐突に声をかけられるとドキッとする。珍しく化粧をちゃんとして、着衣にも気をつかって、
「よし、今日は完璧だ!」
という時に限って誰も声をかけてこない。恐ろしいことに、「こんな所で声をかけられたらヤバイ」と思うと、案の定そういうことが起こるのである。
今年のはじめ、私は大判焼を買おうと思って店の前に並んでいた。冬場、買物に出るときはいつも持っていく、愛用の赤い巾着《きんちやく》をブルンブルンとふりまわしながら、大判焼が焼き上がるのを、ボーッと待っていた。はっきりいって、そのときの私の神経はすべて大判焼に集中していて、他のことを考える余裕など全くなかった。そこへ唐突に、本名でない私の物書きとしての源氏名が呼ばれたのである。私はドキッとして巾着をふりまわすスピードをだんだん遅くしつつ、横目でそーっと声がしたほうをみてみた。そこには一人の若い女の子が立っていて、
「わあ!! こんなところで会えるなんてびっくりしちゃった」
といってニコニコしている。そこへまた間が悪いことに、
「はい、お客さん、お待ちどおさん。あずきと白あんとうぐいすね!!」
とドデカい声と共に大判焼が登場し、私の頭の中は真白になった。彼女とどういうやりとりをしたか全く覚えていない。ただその夜、東京のどこかで、
「あたし、群ようこが赤い巾着ふりまわして、大判焼買ってるの、みたわよォ」
という話をされているのは想像がつく。